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見える都市

今、コーヒーを飲んでいるカフェは百貨店の8Fにあり、JR駅を出たり入ったりする人の流れが見渡せます。夜も更けて、チェーン店の強い蛍光灯がきらきら。

複雑に交差した道路で、誰かが何かをやらかしたらしく、パトカーがサイレンを点滅させて左折しました。

ここはたまに使うお気に入りのお店で、素晴らしい見晴らしが素敵。わたしが草薙素子だったら、クールになんかつぶやいて飛び降りています。

高いところから見える人の流れって良いですよね。歩いている一人をピックアップして、その人の行動を追うと、延々暇潰しができてしまいます。

機械的な電車の往来も好きです。高層ビルが角ばっているところも。

俯瞰風景を記した絵も好きです。吉田修一さんの「パークライフ」という小説にイラストレーターの寄藤文平さんが描いた絵があまりにも素敵で、三回くらい読み返しました。ハードカバーの表紙の方です。

ちなみに表紙と小説の中身はあまり関係なさそう(あるいは、代々木周辺の模写なのかな?)。

人と乗り物と建物がちょうどよく不自然なバランスで関わり合っていると「都市」を感じます。「都市」という言葉って、四角四面だけど未来感があってカッコいいですよね。すべてを箱詰めして、早送りした時間のコンベヤーに乗せてくれる「都市」。建物を縫うように歩く人たちは、様々な感情を抱いているだろうけど、みんな一緒くたに、機能の一つになっています。

個々人の感情を受け取る必要がないし、街をゆく個々人にどんな個性が宿っていようと現在は「都市」の一部です。

そういうところがとても好きです。

大好きなイタロ・カルヴィーノの小説「見えない都市」に、変なシステム(概念?)で動く街がたくさん出てきます。水道水のパイプでできた都市とか、記号標識がたくさんある都市とか。

人も出てくるっちゃ出てくるのですが、語部の費やす説明はもっぱら都市に注がれていて、まるで都市そのものが意思を持った生き物みたいです。

生きていない生き物を解剖しているように見える「見えない都市」。

おすすめの本です。

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愛あるおごり

五年くらい前に、知り合いの女性から、年上男性にハマっているという話を聞きました。
一応「彼女」のポジションではあるんだけど、デート中の食事代から交通費から煙草代まで全部出しているらしい。さらには、彼のビジネスの支援をしているという。
8:2くらいで、彼女持ちの支払いが多く、彼氏側のビジネスも絡んで、まさに底なし沼へハマる直前の雰囲気でした。
まるで絵に描いたようなヒモ男だな、と思っていたら、彼女にも自覚があるようで「私の彼氏はヒモ体質なんだよね」と明言していました。

こういう関係って、彼氏側からすると「バカな女だ。カモにしてやれ」的な思惑がありそうですが、女性側は分かってやっていることが多いようです。
話を聞いていると、その知り合いもお金を奢ることに対して、ちょっと誇らしげ。
本場のホストに貢いで、シャンパンタワーを立てるには数百万のお金が掛かるから、身近な夜職の人をできる範囲で支援することで、費用を節約しているような感じがする。
あるいは、対価を差し出して母性本能をくすぐってもらっているのかも。
マッサージ師に足ツボマッサージをしてもらうみたいに。

一つ思ったのは、お金を払ってまで支援したい他人がいるのってすごいことだなーということでした。
ホストでもアイドルでもVtuberでもカンボジアの子供たちでも誰でもいいんですが、対人間に大量のお金を出せる人って、情が厚いし懐が深いんなと思います。
(その知り合いも無償で私を助けてくれる、とても優しい女性でした)

わたしは誰かを支援(貢ぐ)したことがあるだろうか……と考えましたが特にありません。
好きなアーティストや芸能人はいるけれど、グッズを買ったりLIVEやSHOWに行くことは全くない。なぜならYouTubeやAmazonで見られるから。
24時間テレビも佳境に差し掛かったマラソンランナーの辛そうな小走りをちょっと見るくらいだし、まして身近な人と常におごる関係になったこともありません。
わたしは貢ぐ女とは違うのよ!と言いたいわけじゃなくて、一個人に対してお金を払い続けるほど心を開け渡したことがないので、文字通り身銭を切れる人をかなり尊敬の気持ちで見てしまいます。
それがどんなに異質なお金の使い方だったとしても、人のためにお金を払える人って、真似できなくてすごい。

先の話に戻ると、後は貢がれている彼氏が雷にでも打たれて「俺、青年海外協力隊に参加するわ」とか言い出したら愛あるお金がまさしく世界平和へと流れるなと思うのだけど(ラブ&ピース)、神様がいるのならこういうところでちょっとした神通力を起こせばコスパ良くイイ感じの世界に変えてゆけると思う。
いかがでしょうか?(誰に言っている)

ちなみにビジネス系の本に「寄付をすると人生の幸福度が上がる」ということが書かれていました。
どこかの大学が行った実験で、渡したお金を全額自分のために使った人と寄付に回した人とでは、圧倒的に寄付をした人の幸福度が高かったらしい。
という理屈でいくと、上記の彼女はめちゃくちゃ幸福のただ中にいるということになる。
なるほど……自虐気味に語っていたけれど、その目は嬉しそうに細まっていたのも納得です。

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失ってみないと分からない

先週、自宅の大掃除をしました。
洋服から家具まで、家中のありとあらゆる不用品を破棄売却。体感的に、所有品の70%は手放せたかと思います。靴下なんか一足残らず捨ててしまいました。現状、タイツ以外履いていくものがありません。

大掃除というより「殲滅戦」ーージェノサイドされた空間は、暴力的な欠落感が漂い、家主でも居心地が悪くなる静けさです。
感覚的なだけならまだしも、片付けを終えて、体調を崩したり、精神的なよるべなさを感じたりしました(ただし3日で治りました)。
ああ、あの洋服はもうないんだ……などという、亡き人を思う切なさみたいなものは全くないです。ただし、何かを傷つけた後の居心地の悪さを感じます。物が消えたからというだけでなく、空間自体をよそよそしく感じます。

思えば、掃除をした四日間はひたすら怒りに燃えて、物を捨てまくっていました。自分で決心して始めたにも関わらず、何かに取り憑かれたように。

私はどちらかというと、見栄えの可愛さ・美しさよりシステマティックなモノが好きで、賑やかさより静けさというか、洗練された家具や照明に魅了されるタイプです。
空間的には「田舎のおばあちゃんの家」や「汚いけど美味い飯屋」より「大きなホテルのラウンジ」「空港のコンコース」「BGMが静かな深夜のバー」など生活感のない場所にいると落ち着きます。
従って、モノを減らし人間味の薄れた現在の自宅はかなり住みやすくなっているはずです。この居心地の悪さは、単に物が減って不便になった(靴下ないし)心細さが原因だと信じたい。

戦争によって瓦礫の廃墟と化した街に一房の緑が芽吹くように、必要に応じたモノを購入していけば、やがて私だけの安心できる空間が創生されてゆくでしょう。まずは靴下が欲しい。

さて、この記事を読んでくださった読者諸氏の中には、破壊の限りを尽くす鬼神として、文字通り現存世界(汚部屋)を一掃したいと願う方もいるでしょう。
個人的な感想はこのくらいにして、今回の大掃除に使用した魔導書を紹介します。
この本には私的空間を破壊しつくす禁断の黒魔法が記述されておりますので、扱いには充分注意し、覚悟を決めた上でご使用なさってください。
これまでに手にした財産すべてを失っても、当方は一切の責任を負いません……。

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