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胸を張れ、君はプロローグくらいまで主人公だ。

ずいぶん前から、ネット小説で異世界転生が流行っているというウワサを耳にしていたんだけど、久しぶりに「小説家になろう」を開いてみたら異世界転生だらけで割とマジでビビった。

どうして異世界転生だらけだと分かったのかというとタイトルに異世界転生と書いてあるからだ。

少なくとも「転生」は絶対必須のキーワードらしくて異世界転生小説には必ず書いてある。

異世界転生小説のことを調べてみたら、だいたい現実では冴えない主人公が不慮の事故とか自殺をして異世界に生まれ変わるらしい。転送や移転ではなく転生というのがすごい。もう水洗トイレに流されたりとかそういうギャグでもないんだ。

それから輪廻転生は東洋側の思想であるのに転生先が西洋風世界観であるのも興味深いね。

死から始まる物語と聞いて森絵都の「カラフル」がパッと思い浮かんでしまう年代なんだけれど、「カラフル」の全体を覆い尽くす悲壮感というかやるせない感じとはまた違って、このジャンルは死んだ後の世界がとても生き生きしている。生き生きし過ぎて今度は下克上を叩きつけたりしてる。

娯楽を社会傾向と結びつけるのは簡単だし、短絡的だと思うけれど、仕事や人間関係や将来について膨らます想像に限界を感じているこの閉塞感が何処ともなく充満しているせいかも知れないって勝手に思ってる。

ここはアメリカじゃないからアメリカン・ドリームもないし、その代わりに地震はあるけど食えないし、食えないのに老人を食わせていかなければならないし。

なんか、どこへ向かっても行き止まりって感じ。

でも、やっぱり死んだ後にハッピー!みたいな物語が流行るというのはどうなんだろう。

いや、どうなんだろうって言っても別に何の懸念もないけれど、ただ「ふぅう~ん……↓」みたいな感じはあるなあ(ニュアンス全然伝わらないけど勘弁してください)。

こんなこと言うのって老害の一歩手前なんだろうか。

でも、30年以上も前になるけどブルーハーツがずっと歌い続けていたことは全然廃れていないよね。

ね?

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文学フリマで感じちゃう自意識問題

一年でいちばん自意識過剰になる日が近づいてきた。文学フリマ福岡に出る。
どうしてこんなに周囲からの視線が気になるのだろう。
それはもちろん自分の作品を人に見てもらうことへのドキドキもあるだろうけれど、仕事中でも家族中でも遊び中でも買い物中でもない、どこにも属していない自分を曝け出すからというのもある気がする。
ペルソナのおぼつかないわたし。
友達と作った雑誌を売るために三、四年前から参加しているけれど、未だに立ち振る舞いがわからない。
「交流」を開催趣旨の一つとしている文学フリマで、販売人に徹するというのはなんとなく違うんだろーなーと感じる。
かといって、普段から話し合うような間柄ではない上に金銭のやりとりが付随する関係の中で「交流」は、個人的に難しいと感じる。体制ではなく、性格的な問題で。
拠り所のないまま販売開始から17:00までの間、ずっと誰かから見られているような自意識から目をそらして携帯をいじり倒している。最近はスマホゲームがあるから熱中できるけれど、基本的にこの感じはとてもイヤだ。
カウンターに自動釣銭機と固定電話を置いて逃げてしまいたい。
これなら本を買いたい人はスムーズに買えるし、話をしたい人は電話を掛けてくればいい。
何より本を手に取ったものの「思ってたんと違う」と判断した参加者たちが、心置きなく別の花へ飛んで行けるところがいい。
好み違いで買わないで去る人がとても申し訳なさそうに、あるいはものすごく体を縮めて去っていくのを見送るのはいたたまれない。
お金が絡んでいるし、あなたは買い手なんだからもっと堂々と去ってほしいと思う。そうすればわたしも「またお越し下さいませー」とお客様対応で見送れるんだけど、どうやら同人即売会でのスタンスは「売り手と買い手がみんなで作り上げるもの」らしく、たぶん買い手側も買い手である以上、本を買わないのは申し訳ない思いがあるのかも知れないなと勝手に想像している。
さらに困るのは「どんな本ですか?」と聞かれた時の、具体性と説明に割いて良い相手の時間を予測すること。
そんな時はいつも「本じゃなくてたこ焼きを売れば良かった」と思う。
たこ焼きならば、よほどのたこ焼きマニアでない限り「どんなたこ焼きですか?」と聞かれない。仮に尋ねられた場合も「美味しい美味しいたこ焼きだよ~」と答えるだけで済むはずだ。さらに追究されても「瀬戸内海産のタコを使った美味しい美味しいたこ焼きだよ~」と答えればきっと納得してもらえるはず。
ところが本は、そういうわけにいかない。
「どんな本ですか?」
「良い本だよ~」
これで納得してくれる買い手は少ない。
「用紙に淡クリームキンマリ75kgを使った良い本だよ~」と説明しても難しい気がする。
どんな本ですか? と聞かれてとても困るのは、材料のことを聞いているのか値段のことを聞いているのか内容を聞いているのか分からないところ。もし内容を聞いているのであれば、さらに厄介なことになる。言葉でまとめた内容をさらに言葉でまとめるとなるとただのジャンル説明になってしまう。
本当はおどろおどろしい獣姦の合間に宇宙人との戦いと会社経営のノウハウを交えたストーリーかも知れないのに、口頭説明によって「この本は恋愛小説で、女の子と人獣の恋の物語です」という意味に集約されてしまう可能性がある。
それはとんでもない誤解だ。小学生くらいの読者とミスマッチが生じたらとても危険。ともすると「事案」に繋がりかねない。
そして、もっと具体的な説明を要求された場合に、一期一会の相手の持ち時間がどれほどあるのか分からないために加減がとても難しい。適切な時間内に程よい要約内容をプレゼンする能力がない。
この辺は作者の社会性の問題だけれど、互いの邂逅が誤解や食い違いのないように、平たく言えば買ったあとで損しないように、セールストークではなくセンテンスで判断してもらえれば、と思う。
それでも疑問が生じた場合は、お望みの答えをあげられないかも知れないけれど、とりあえず聞いてみてください。
心地よい「交流」は、手に取った本の行間から始まってゆくと信じてます。勝手に。

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