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         7

 真夏の一等星みたいに「星屑ストア」の輝きは眩しい。蒸し暑い夜の避難場所にぴったりだ。
「いらっしゃいま……」
 反射的に接客モードに入ったナギが、俺を見るや口を閉ざす。げんなり顔で迎えられる。
 おいおい、俺たちもお客さんだぜ。昨日も来たけど。常に冷やかしだけだけど。

 ネムルがもう一人のオレと話をしている間に、俺とヤナさんは外へ出る。今日も店の閉店を求める張り紙や看板がどっさり。ヤナさんは、店の柱ごと鎖でぐるぐる巻きにされた看板に苦戦している。
「手伝いましょうか」と声を掛けようとしたところ、両腕がぞくりと粟立った。俺も伊達だてに探偵をしているわけじゃないから下手に手を出したら殺されるという最悪なタイミングを見極めることができる。
 触らぬ格闘家に祟りなし、だ。

 ヤナさんは中腰の構えを取ると、鎖に向かって手刀を振った。

 斬!

 じゃらじゃらと音を立てて鎖が外れた。しゃがみ込んで破片を拾う。紛うことなく鉄だ。すっぱり切れてる。
 ヤナさんと試合をした選手たち、生きてんのかな……。
「その荷物、持ちますよ」
「大丈夫だよ、探偵さん。このくらいならあたし一人で片せるから」
「とんでもない。可憐な女性に看板や鎖を持たせるわけにはいきません」
「嬉しいこと言ってくれるね。それじゃ、あたしはゴミを持ってくれた探偵さんを持ってあげようかね」
 そう言ってあははははと笑う。
 うーん、実際にできるんだろうな、この笑い方からすると。

 解体した看板に、七年前に見たものと同じ文句が書き込まれている。
「星屑ストア」は俺の記憶が作り出した領域だ。当然、嫌がらせがあったことも俺の記憶から抽出されている。
 間接的に悪事に加担しているようで申し訳ない。店の手伝いを始めたのもそんな気持ちからだ。
 ヤナさん。俺が高校生のときはずいぶん大人に見えたもんだが、自分も大人になってみると彼女はとても若かった。せいぜい俺と同じ年か少し年上くらいだ。
 すごいな、筋肉量……じゃなくて、店を守る信念の強さ。
 逆風に立たされているというのに、彼女の笑顔は少しの陰りも見えない。その裏にある様々な苦労や重圧や怒りや悲しみを見せないよう、努力しているんだろう。
 誰にも知られず、誰にも知らせず、黙々と使命をまっとうし続ける。まさに孤軍奮闘こぐんふんとうの兵士だな。尊敬する。
「探偵さんたら、何見てんのさあ。そんなにあたしが美しいかい? あはははははっ!」
 バシッと背中を叩かれた。
 痛ぇっす、ヤナさん……。
「ところでヤナさん」
「なんだい?」
「パスワードと聞いて何を連想しますか?」
「パスワード?」
 ヤナさんは顎に手を当て考え込む。
 彼女は頭が良い。もしかしたら、俺やユークも見逃している何かを閃くかも知れない。
「パスワード。そうだねぇ、鎖が張り巡らされていて、錠前がいくつもついていて、絶対に開かないように見える扉を……」
「扉を?」
「……ぶち破る空手家の姿、かな」

 さすがはヤナさん。常人には及ばない発想力だ。
でもそれパスワード関係なくね? ただの空手の強い人じゃん。空手の強い人のイメージじゃん。
「えーっと……他にないですか?」
「他に? 鍵のかかった扉を蹴破るムエタイの選手。鍵のかかった扉を張っ倒す横綱。鍵のかかった扉を……」
「わ、分かりました。もう大丈夫です。完璧です」
「最後にもう一個あるよ」
「いや、もう扉を破る格闘家の話は……」
「開かずの扉」
「え?」
「ナギの通う高校に、絶対開かない不思議な扉があるんだって」
 開かずの扉……埋もれていた記憶を掘り起こして母校を思い出す。
 そう言えば、西棟三階の突き当りに鍵のかかった扉があった。どんな行事にも使われず、部屋に立ち入った者もいない。
 一時期、学校中がその噂で持ちきりになったことがあったな。結局中身は謎のままだったが、「夢見る機械」の補完機能で今こそ真相を解明できるかも知れない。
 学校には昨日行ったばかりだけれど、再調査と行くか。他に調べるところもないし。

 店に戻ると、夢の国の女王様はパイプ椅子の上ですやすやと眠っていた。名前の通り、よく寝る女だ。
「少年よ、また会おうぜ」
「二度と来るな!」
 ナギからネムルを受け取り、外へ出る。
 月明かりに照らされてもネムルは起きる気配がない。
「まったくお前は呑気だな。俺もユークも灯台守探しに必死なんだぞ。ちょっとくらいヒントをくれたって良いんじゃないの?」
 長い睫毛は閉じられたまま、ぴくりとも動かない。
「……ネムル?」
 名前を呼んでも、身体を揺すっても、ネムルはまったく起きない。
家に帰ってベッドに寝かせる。深い呼吸を繰り返すだけで、寝返りすら打たない。少しだけ力を込めて頬をつねってみる……もっちりした肌が赤くなっただけだ。

 ネムルは痛がらず、もちろん目も覚まさず、翌朝まで滾々こんこんと眠り続けた。


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