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「セツナ、勉強のしすぎじゃないか?」
「なんでそうなるの」
「ネムルに恋人がいるなんてあり得ない。幻でも見たんじゃないの」
ああ、そういうこと……。
ナギの言い分も、分からないではないけどね。

昼休み。お弁当を食べながら、昨日起こったことを説明した。
街からやってきたアヤシイ探偵さん。そして彼とお付き合い宣言をしたネムル。
突然の展開に混乱したあたしは、呼び止める彼らの声を振り切って居住区へ逃げ帰ってしまったのだった。

今、あたしとナギがいるのは学校の屋上。海風が強く、フェンスも錆びつき、地面に砂が溜まっている。
日光が照り付け肌も乾くので街の子たちはあまり寄りつかない。ここはあたしたち「砦組」が集まるのに絶好の場所……ただし、ネムルはいない。顔を合わすのが気まずくて、今朝は迎えに行けなかった。
案の定、ネムルは学校を休み、進級への余命が一日分削られた。
「そういえば今年の灯台祭=Aネムルが実行委員長になるらしいぜ」
大きなお弁当箱からご飯をかきこみながらナギが言う。
「もしかすると、その男は灯台祭≠ノ一枚噛んでいるんじゃないかな」

「灯台祭」は八月末に開催されるレムレスのお祭だ。商業区の職人組合が中心になって執り行っているみたいだけど、最近では街の広告代理店も絡んでいると聞いている。街に暮らしていると言っても、探偵さんのお仕事とは関係なさそうな気がするけれど……。
ナギも同じことを考えていたようで、「そんなわけないか」とつぶやいた。
「あの子、変な事件に巻き込まれているわけじゃないわよね」
ネムルの好奇心が並大抵のものではないと知っているだけにかなり心配。ひきこもりのくせして、火が付いたときの行動力は物凄い。真夜中でも図書館へ本を借りに行くらしいし、研究のためならルールなんてお構いなしって感じだし……。

「しばらく様子を見たらどうかな?」
深刻な顔のあたしを見て、頭を掻きながらナギは言う。
「とにかく相手の出方を待とう。セツナの話を聞く限り、その右名みぎなって男は悪人には見えないよ」
「うん。突然抱きついてくるヘンタイさんだけど、悪い人ではないと思う」
「そうそう。突然抱きついてくるヘンタイさんでも……え?」
ナギの切れ長の目が大きく開く。
「だっ、抱きついた!?」
「うん。夜の海岸で。言わなかったっけ?」

カラカラカラカラ……。

ナギのお弁当箱が重力に引っ張られて落ちた。金属的な音を響かせて地面を転がっていく。
ナギはすっくと立ちあがると、お弁当箱には目もくれずに、屋上を囲うフェンスへ向かう。そして金網を掴んだまま、ずるずるとしゃがみ込んでしまった。
丸まった背中の向こうで、ぜー、はー、ぜー、はー、と荒い呼吸が聞こえてくる。
「……ナギ?」
振り返るその目が、真っ赤に潤んでいる。

あれっ? なんで泣いてるの?

「……曼荼羅ガレージ≠ノ行ってくる」
「しばらく様子を見るんじゃなかったの?」
「そんな悠長なことを言ってられるか! 極悪人がいるんだぞっ!」
「探偵さんは悪人には見えないって言わなかったっけ?」
ただでさえ目力の強いナギに睨まれ、思わずたじろぐ。
「そ、そんなに怒らなくても……」
「怒ってないっ! オレは全然怒ってないっ!」
真っ赤な顔で叫ぶナギ。
完璧に、漏れなく、骨の髄から、怒ってるじゃない……。
「とにかく俺は行く!」
「あ、そろそろ五限が始まるもんね」
「健闘を祈っててくれ!」

は?

わけを訊く間もなく、階段を駆け下りてしまった。フェンスの向こうから、グラウンドを走るナギの姿が見えた。
砂埃を巻き上げて、あっという間に見えなくなる。
立派な走りね、さすが陸上部のエース! ……って感心してる場合じゃなかった。
「みんな、どうしちゃったのよ……」

のろのろとお弁当箱をしまって教室へ戻ると、今度はモモちゃん先生が泣いていた。
「くすんっ……楠木さんに続いて、水上くんもお休みだなんて、みんな先生のことが嫌いなのねっ! うわああぁーんっ!」
教壇に突っ伏して号泣するモモちゃん先生。
クラスのみんなは気まずそうにじっと机とにらめっこ。遅れて教室に入ってきたあたしを見るや「砦組を代表してなんとかしてよ」と催促の眼差し。

あたしの方がなんとかしてほしいくらいよ!


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