SCENE:6‐5 17時32分 海砦レムレス 管理区 曼荼羅ガレージ
ネムルさん、とユークは思う。
すると、作業机の上のパソコンが「ネムルさん」と文字を打った。
ユークの脳と接続したコードは、出力用のパソコンに繋がっている。頭の中で思ったことが、文字としてディスプレイに表示される仕組みだ。
いつの間に開発したのか、ユークの思考を電子文字に変換する機械をネムルは用意していた。視界を司るコードは、部屋に取り付けられた監視カメラに繋がっており、現在のユークの目には
鳥にでもなったような、不思議な気持ちだ。
作業台に、自分の身体が寝かされている。
車のボンネットを開くように裸の背は皮膚カバーが外され、複雑な機械が入り組んだ内部が丸見えになっている。
数ある神経コードはすべて接続を切ってある。「性感コード事件」の
ディスプレイと脳を接続したとき、ネムルはユークに具合を聞いた。
「こんな格好、嫌だ」と密かに思っていたことが文字として表示されてしまい、ユークは焦った。
「ごめんなさいごめんなさい」という文字が瞬時に画面いっぱいに表示されたのを見て、ネムルは優しく微笑んだ。
「良いんだよ、ユーク。誰だってパソコンの中に閉じ込められるのは嫌だ」
――ごめんなさい、ネムルさん。
「君が謝る必要はないよ」ネムルは両手で青い髪を振り払う。
「それに、身体が動かなくなったのは、たまたま運動機能を担当するコードが外れただけだ。すぐに直るよ」
――ネムルさん……。ああ、こんなこと、考えたくない。言いたくないわ。
考える側から、文字が打たれてゆく。
ネムルは画面を見て、フィジカル・ヴィークルに触れる手を止めた。
「ユーク?」
――言いたくない。思っちゃダメ。
「どうしたんだい? なんでも思ったことを
自分の思考が、次々に表示されて行くのを、ユークは止められない。
――ネムルさん……。
――貴女は、嘘をついているのね。それは、とても優しい嘘ね。
――私、ネムルさんの癖を知っているの。貴女は嘘をつく前に、両手で髪を振り払う。
――つまり、私の身体がすぐ直るというのは、嘘。
――身体が動かなくなったのは、重大な欠陥があるということ。
――私、どうなってしまうの?
――教えて。教えて。教えて。
ネムルは、しばらくパソコンを眺めたまま動かなかった。
それから、ふっと息を吐いて、弱々しげに笑った。
「まったく、君には敵わないな」
くるりと椅子を回転させ、監視カメラを見上げる。大きな緑色の瞳は、確固たる意志を含んできらめいた。
「君のフィジカル・ヴィークルは、
新品のフィジカル・ヴィークルが間もなく到着する手はずになっている」
彼女に嘘の癖が出ていないのをユークは確かめる。
他にも、ネムルには言っていない癖がいくつかあるのだが、今のネムルは
――知り合いのメカニックって、誰?
「それは言えない」ネムルは断言した。
「ボクは君に嘘を言わないようにする。それがどんなに優しい類の嘘でも、やめよう。だからその人物の詳細は言えない」
――私の身体、それで直るの?
「ボクが直してみせる。絶対に」
――ネムルさん、大好き……!
自分のストレートな気持ちが表示されてしまい、ユークは慌てる。
――と、ところで、もう一つ聞いても良いかしら? 私たちのレムレスに、危険が迫っていることについて。
「ノーコメントだ」
――その危険は、私の身体のことと関係があるの?
「ノーコメントだ……ごめん」
――リリー・タイガーの目的は何?
ネムルは苦笑する。
「あの女の考えることは、ボクにも分からないよ」
――そうね。
ユークも頭の中で笑う。
――(笑)
ネムルは椅子を回転させ、作業に戻る。
ユークはカメラをズームさせて、白衣の背中を優しく見守る。