SCENE:2‐4 12時16分 汐生町 学校 校舎裏
「つまり、好きってことなんです!」
「ええっ?」
「あなたのことが好きで好きでたまらないんです! この気持ちを歌にしたので聴いてください!」
「えっ、歌? ちょっ……それは、困りま」
さりゅの声はA7の音色にかき消された。男子生徒は情熱的にアコースティックギターを鳴らして自作の歌を熱唱している。とても気持ちが良さそうだ。
今さら「やめて」と言ったところで、聞く耳を持つとは思えない。
仕方なくさりゅはその場に腰をおろし、彼のライブが終わるのを待った。
終わったあとで、ユーク仕込みの「お断りの呪文」を使おうと決心して。
その光景を、二階の窓から眺めている人物がいた。平静を装いつつ、内心は不安で押しつぶされそうになりながら、早く行動に移さなければ、と彼は思っていた。
時は流れて放課後。
再び、校舎裏。
ユークは腕を組んで、話の続きを待っていた。
相手は歯切れが悪く、話もあちこちに飛び、なかなか本題に入らない。
これが知らない男からの呼び出しであったなら問答無用で
「あなたの言いたいこと、分かったわ」
仕方なく、ユークは口火を切った。
「私のことが好きなのね」
「ちげーよ! オレが好きなのはさりゅだよ!」
言ってしまってから、金原陸太はハッと口元を抑える。
日に焼けた顔がみるみる赤くなり、女の子のように大きな目が「虹色カジキ」もかくやと思うほど、ものすごい速さであちこちに泳いでいる。
ごくりと唾を飲み込むと、小さな声でつぶやいた。
「ごめん……驚かせちまったな」
「全然」
「意外過ぎて、言葉も出ないと思うけど」
「これ以上にないほど予定が調和しているわ」
「実はオレ、さりゅのことが大好きなんだよ」
「……ねえ、人の話、聞いてる?」
「信じてくれなくてもいい。オレは、本当に……」
「……」
ユークはすたすたと陸太に近づき、金色のつむじをぺんっと叩く。
ハッと我に帰る陸太。
恐怖に怯えた目でユークを見上げる。
「お前、超能力者か?」
「私だけでなく、あなたの周りにいる、ほぼ全員が知っているわよ」
「……!」
「最近じゃ、他人に無関心なネムルさんでさえ、温かい目であなたのことを見守るようになったわよ」
「……!!」
言葉も出ないほど打ちのめされる陸太。
ふらふらと地面に膝をつき、ぜいぜいと荒く息を吐く。
「いつの間に、オレの周りはエスパーだらけになっていたんだ……」
苦悩に満ちた独り言を、可哀想に思ったユークは聞かなかったことにしてあげる。
陸太はよろよろと立ち上がると、気合を入れ直すように両頬をぱんぱんと叩く。
それから何回も「エスパー集団」の中にさりゅが加わっていないことを確かめると、真っ直ぐな瞳でユークを見つめた。
そして、
「オレの恋を成就させてくれ!」
がっしりと手をとった。
「頼む! さりゅに告白できるように、手伝ってくれ! お前だけが頼りなんだ!」
ギリギリ、と握られた手が軋む。
陸太の力は喋るほどに強くなり、簡単には振りほどけない。
さすが「狂犬チワワ」。
食い下がりのしつこさで、数々の喧嘩に勝利してきただけのことはある。
可愛らしい真っ赤な顔は、勢い余って今にも泣きそうだ。
潤んだ瞳はまさにチワワのごとく、ずっと見ていると、母性本能をくすぐられるというか、助けてあげたくなってしまう。
「い・や・よ!」
ユークは
うめき声をあげながら、患部をさすっている陸太を目下に、きっぱりと言い放つ。
「あなたに手を貸す義理はない。だいたい私が肩入れしたら、さりゅが断りづらくなるでしょう。あの子の逃げ場を失くすようなことをしたくない。
あなただって一対一の関係を築きたいなら、初めから正々堂々と一人で勝負するべきじゃないの?」
「うっ……」
「正論」というヤスリで
スネを蹴られたときよりも痛い。辛い。反論できない。
「それでも助っ人が欲しいって言うのなら、他を当たってちょうだい」
地面に倒れたまま動かない陸太に背を向け、ユークはその場から立ち去ろうとした。
その第一歩を、今まさに踏み出そうとするところだった。
涙混じりの声を聞かなければ。
「……ぽいじゃん」
「え?」
「大人っぽいじゃん、ユークって」
「大人……っぽい……?」
両耳を羽毛で撫でられたような心地よさを感じ、ユークは思わず鳥肌立った。
大人っぽい。
その言葉を頭の中でもう一度
大人っぽい。
「楠木さんは大人びているから、さぞ色々な経験をしてきたんだろうって、クラスの女子が言ってたぞ。恋愛相談したら、頼りになりそうってさ。
だからオレは相談したのに、お前は他を当たれって言う。ユーク以外に、大人っぽい中学生なんていないのに」
「お、大人っぽいだなんて……そんな……私は……」
頭の中で陸太の言葉が何度も何度も繰り返される。
嬉しい。
嬉しすぎて、とろけそうだ。
中学生たちがユークのことを大人びていると捉えるのも無理はない。ユークは中学生ではない。学校へは、社会経験の
ある事情から、ユークは頭脳以外のすべての器官を失ったまま生まれてきた。
つまり、他者の目から見える部分はニセモノなのだ。
「フィジカル・ヴィークル」は十七歳の女の子の姿をもとに作られているが、脳年齢だけを鑑みればネムルや渚と同じ歳月を生きている。
大人っぽいのではなく、大人なのだ……それでも彼女に、堂々と胸を張れない後ろめたさがあるのは、「ユーク」という意識が生まれてから六年しか経っていないせいだろう。
六歳の体内時間と十七歳の外見年齢と二十五歳の脳年齢を行ったり来たりしながら、今いち自分の立場や振る舞いを見定められないでいる。
「ユーク。おい、ユークってば」
肩を叩かれ、束の間の
それは未来に希望を抱く、純真な子供の目だった。
「……いいわ」
「ほ、ほんとか!?」
「あなたの願いを叶えてあげる。子供を成功に導くのが、大人の役目よ」
「やったー! 頼りにしてるぜ、ユーク!」
「私が手を貸すからには、大船に乗った気でいなさい!」
「うおーっ、頼もしーっ!」
何も考えていない陸太の笑顔は、どんな媚びへつらいよりもユークの
特に目的もなくペットショップに来たはずが、帰る頃には一匹の犬を購入していた人の気持ちが分かるような気がしないでもない。
これからの計画を立てようと、ユークが鞄から一冊のノートを取り出したとき、耳障りに思っていた微かなヘリコプターの羽音が、今や耳を
洋服の
思わず空を振り仰ぐと、迷彩色に塗装された戦闘用の小型ヘリが、ものすごい速さで海の方へ走り去っていくところだった。
「……!」
ヘリが通過した一瞬をユークは見逃さなかった。
脳裏に焼き付けた映像を思い出してみると、胴体の底面に機体記号と一緒にシンボルマークが描かれていた。
大口を開けた猫の影をかたどった、見覚えのある
「スナーク隊」――忘れようにも忘れられない、一年前の思い出が蘇る。
ユークは鞄を背負い直すと、はしゃいでいる陸太をよそに、「海砦レムレス」に向けて駆け出した。