高速を降りた車が、長い山道を走った後に、たどり着いた場所。
 そこは見晴らしの良い高台だった。
 崖の下は深い森になっていて、その向こうに海が見える。
 車を降りた凛が、「きれーい!」って小さい女の子みたいにはしゃぎ出す。
 たぶんだけど、凛は首都圏から外に出たことはない。
 だから、俺たち以上に目に映る景色がきれいに見えるんだろう。
 俺の背後では茜とアルドが話をしている。
 遠くに見える景色はなぜ青く霞むのかという茜の疑問に、アルドが答えているようだ。「周波数」とか「可視光線」とか、日常会話ではあまり使われない科学的な用語が飛び交う。
 絶景もへったくれもないな、と思うけれど、理数系のやつ特有の、結論ありきの会話のテンポがとてつもなく良い。その延長上で、茜が目指している警察の世界にかつて属していたアルドが、国内外の組織の仕組みについて説明している。
 茜の方も目をキラキラさせながら、質問をしまくっていて、二人とも俺と話しているとき以上に、会話が弾んでいるような……。
 なんとなく、横槍よこやりを入れたくなる。
「お前ら、凛のはしゃぎぶりを見ろよ。もっと純粋な気持ちで大自然を楽しめないのか」
「やかましいなぁ、真一。ウチは輝かしい未来のために、今から情報収集せなあかんのや」と茜。
「アウトドアを楽しむためにここへ来たわけじゃないだろ」とアルド。
「……まあ、リンが喜んでくれて何よりだが」これは独りごちるように付け加える。
「それじゃあ、何しに……」と反発しかけて、口ごもる。
サービスエリアで抱いたときと同じ疑問が頭に浮かぶ。
 俺たちは、何でここにいるんだっけ?
「なあ、ウチも一緒に来て良かったん?」
そのとき、おずおずと茜が切り出した。ショートパンツの前で手を組み合わせて、もじもじしている。
 普段のコイツらしくない、遠慮がちな上目遣い。
「大事な旅なんやろ。ウチ、兄ちゃんのことよく知らんし、数合わせの真一の誘いにひょいひょいとついてきてしもて、今更ながら気が引けて……」
「えっ、俺?」
 俺が? 俺が茜を誘ったのか?
 どうして? 一体、何のために?
 記憶を掘り起こそうとしても出てこない。俺たちは、何のために旅をしているのだろう。
「そのことなら問題ない」とアルドが答える。先程の、茜の質問に答えるように、淡々と。
「マイチの提案に乗った時点で、知り合いが一人増えようと二人増えようと同じことだ。それに、リンの話相手になってくれて助かっている。彼女も君と馬が合うと言っていたし……」
「ちょっと待て」と俺は割り込む。
「知り合いが一人増えようと二人増えようと」って、俺も「知り合い」の一人に数えているということか!?
「俺たち、友達だろ! 知り合いじゃなくて!!」
「そうだったか? 友情とやらを、誓い合った記憶はないがな」
「おい、今のは柄にもなくボケただけだよな? 本当にそう思ってんなら、ここに置いていくぞ!」
あーはいはい、とアルド。
「お前はそういうところにこだわるタイプだったよな……」面倒くさそうに頭を掻く。
「そうだな、友達だな。それなら友達同士の旅行に、ガールフレンドを呼んでもおかしくないだろ」
「が、ガールフレンド……!?」
茜は目を白黒させる。顔一面に火がついたように赤くなっている。
 ガールフレンド、ガールフレンド、ガールフレンド……とぶつぶつ言いながら右往左往。困惑している。
 お、お前はなんてことを言ってんだよ! 俺と茜はそんな関係じゃないから!
 って言いたいけれど……慌てて否定するのも、変に意識しているように見えて気まずい。
「ええっと、Verzeihung。今のも冗談だ。真に受けるな」
アルドは俺と茜の顔を交互に見比べ、微苦笑して続ける。
「マイチもアカネも俺の友達。友達だから誘った。そう言うことでいいだろ」