Dreamy Weather

 ……あれ? 俺は、なんでここにいるんだっけ?
 両腕にひんやりとした感覚。
 胸元を見ると、ペットボトルのサイダー、オレンジジュース、アセロラドリンク、そして缶コーヒー。
 日差しが眩しい。目の前には、巨大な駐車場と行き交う人々。
 背後を振り返る。
 小さな土産売り場と、トイレ。
 ああ、ここはサービスエリアだ。頼まれていた飲み物を買いに来た。季節は夏。
 車が駐車されている区画へ向かう。
 俺たちが乗ってきたのは、カーキ色の四輪駆動よんりんくどう。アウトドア用に防水機能がついた軽自動車だ。
「ごめん、遅くなった。めっちゃ混んでてさ」
助手席のドアを開けて、高いステップをよいしょと登る。車内は冷房が効いていて涼しい。一気に生き返ったような気分になる。
「随分かかったな」
 運転席に座るアイツが、俺を見る。
 切れ長の目が黄色く見えるのは、色つきサングラスを掛けているからだ。銀色のフレームがついたやつ。
 あれ、少し前に掛けていたのと違う。オフ用とで、使い分けているのかな。
「なんや、また迷子になったんかいな」
後部座席から呆れたため息が聞こえてくる。
「方向音痴はパシリに向かんなあ」
「混んでたって言っただろ。はい、茜はオレンジジュース」
 生意気な茜の頬にオレンジジュースのペットボトルを突きつける。ひやっと高い悲鳴が聞こえた。
 へへへ、ざまあみろ。
「凛、アセロラ飲める?」
「うん。好きよ」
 ペットボトルを受け取った凛がにっこり微笑む。ピンク色のグロスを塗った唇が、きれいな三日月型に変わる。柄モノのTシャツと短パン姿の茜と違って、凛は袖口に細かなレースがついたワンピースを着ている。化粧も夏用にキラキラしていて、かわいい。
 普通にモテる子のよそおい。
「ありがとう、真一くん」
お礼を言われただけなのに、なんだか照れちゃうな。
 あーあ。コイツも、凛の三分の一くらい、色気があったらなぁ……。
「真一、いま、失礼なこと考えとったやろ」
こういう勘は鋭い茜が、目を三角にして睨んでくる。女子高生のくせに、いやに迫力がある目力だ……あ、うすーく化粧してる。ピンク色のやつ。
 へぇ、コイツでも、化粧とか、するんだ。
「サイダーは俺。コーヒーはアルド」
 缶コーヒーのプルタブを開けて、運転中のアルドに渡す。
「ああ、どうも」
アルドは一口、口に含む。かれこれ三時間ほど運転を続けているので、そろそろ疲れが出る頃だろう。空港で、乗り慣れない車をレンタルしているわけだし。
「どうして日本のコーヒーは、こんなに甘いんだ?」
「文句言うな。ブラックがなかったんだ」
「文句ではなく、ただの疑問だ」
いやいや。すげー不満そうな顔してるぞ、お前!
 ……ま、気にしないけどね。
 高速道路は混んでいない。休憩所は混雑していた割に、走行車は少ない。あっという間に、ギアが五速に入る。
「……ウチの学校で、この曲流行っとんねん。姉ちゃん、聞いたことある?」
「……あ、それ好き。歌詞も共感できるし、メロディもかっこいいわよね!」
「……SNSで流れてきて、この人のメイクお手本にしとるん。全部、プチプラなんやて」
「……可愛い! あたしも使ってみようかな。ワンセットでもこんなに安いのねー」
「……そんでな、アンナのやつ、また直樹をフってしもてん」
「……そっかぁ、それは男の方が悪いわねー。ちゃんと慰めてあげないと」
「……せやねん! そう思うやろ?」
「……うんうん。そういえば、この前も似た話をー」
後ろの女子は、盛り上がってんなぁ。
 女の子って、何にでも話のネタに出来るからすごいよなー。
 とか言いつつ、俺もさっきから横浜でお気に入りの古着屋の話をずっとしてる。
 あと、俺の好きなストリートブランドの話とか。
 アルドは「へぇ」とか「そうか」とか、平坦な相槌あいずちを打って聞き役に徹している。
 適当に聞き流しているのかと思ったら、「それはこの前話してたあの店のことか?」って、きっちりした確認を取ってきてびっくりする。
 覚えてくれていたのか! って、けっこう嬉しくなっちゃったりして「今度一緒に行こうぜ!」って誘ったら「趣味じゃない」と断られた。
 なんなんだよ、お前……。
 まあ、アルドの服装は、白いシャツに藍色のジーンズ。何の変哲もなさそうに見えて、質の良いブランド品だ。脚の先にはオリーブグリーンのミリタリーブーツを履いている。これもかなり高そうだ。
 俺の古着のアメコミTシャツとブルージーンズ、使い古したバッシュなんて、あわせて二万もしない。
 アルドのサングラスより安いかも知れない。
 世の中、金じゃねーけど、それで落ち込まないわけじゃないよなぁ。
「何でも屋、頑張ろう……」
 何の話だよって顔で、アルドが訝しげにこちらを見る。
 ただの独り言だよ、独り言。
 左右の防音壁が途切れて海が見える。横浜に長く住んでいながらも、茜と凛はわーっと歓声をあげる。
 煙たくかすんだ灰色の海。
 真夏に似合わない、寂しげな色合い。