真一の事務所には、行ったことがない。行く必要もなかったし、行く暇もなかった。日本に帰ってきてから場所だけは聞いていたので、その記憶を頼りに探すしかない。確か、レジャー施設が揃う馬車道近辺だ。栄えている場所だけあって地価が高いと真一はぼやいていたが、人足絶えない繁華街なら商売をするには事欠かないだろう。何でも屋の事務所には、看板が掛かっているのだろうか。出ていれば探すのには有難いが、あまり公にしすぎると、警察の職業調査の手が及ぶ危険性もある。それを考慮して、敢えて看板は出していないだろうとフィアスは踏んだ。
 馬車道は西洋風のレストランやビジネスビルが多い。どれも巨大な建物ばかりで、燦々と太陽の光が降り注ぎ、窓が眩しく照り返っている。この数あるビル群の中から、真一の居場所を突き止めるのは不可能ではないだろうが骨が折れそうだ。仕方なくフィアスは携帯を取り出した。何かあった時のために、携帯のアドレス登録は一切していなかった。こうなると携帯電話は単なる持ち運び電話としか機能を果たしていないが、不便だとは思っていない。
 フィアスは頭の中に叩き込んでおいた真一の携帯電話番号の十一文字を押した。
 ワンコール、ツーコール、スリーコール……中々真一は出ない。うるさい呼び出し音の鳴る回数が増すごとに、苛立ちが心の中に積み重なっていく。電話口に真一が出たのは、八回ほど電話を鳴らした後だった。
――誰?
「俺だ」
――ああ、なんだお前か。びっくりした……。
何を警戒していたのだろうか、真一は安堵のため息をついた。
「何かあったのか?」
 もしかして、〈サイコ・ブレイン〉の情報がつかめたのか。合理的に考えれば低い確率なのだが、フィアスは淡い期待を抱かずにはいられない。今朝、シドと電話で話したこともあって、事件解決への焦りが益々強くなっていることをフィアスは自覚していた。過去に自分のこなして来た仕事と比べると、今回はあまりにも時間がかかり過ぎている。そんな事を思いつつも、今回の任務を「仕事」と割り切れていないところにも焦りの原因が、ある。
フィアスの質問に、いいや、と真一は否定した。
――ちょっと俺の事務所に「取立て屋」が来てんだよ。今、事務所を出てすぐの所にいるんだけど、そいつ、ずうずうしく俺の部屋に上がって、俺が来るのを待ち構えててよぉ……手も足も出ないわけ。
真一は、それで声を潜めているらしい。室内にいる取立て屋に聞こえないように。
取り立て屋という人種がどういうものか、フィアスの知るところではなかったが、借金取りと似た類のものだろうと推測できる。いい加減な真一のことだ、貸し借りの問題で恨みを持つ人間が一人や二人いてもおかしくはない。
「殴って追い払えば良いだろ」
フィアスほどに戦闘能力が高いわけではないが、真一も数々の修羅場を掻い潜ってきた何でも屋である。借金取りの一人や二人、追い返すのは造作もないことだろう。しかし、フィアスの一言に真一が慌てたように声を大にする。
――おまっ……やれるもんならやってみろよ!俺は絶対無理!
それほど、手の付けられない荒々しい人間なのか。額に拳銃を突きつけられてもヘラヘラと笑っていられる真一がここまで慌てるヤクザというと、相当の手練である。一体どれほどの極悪人が部屋で待ち構えているのだろうか。
フィアスはポケットからフィオリーナのエアメールを取り出した。中には二億三千万に換金できる小切手が入っている。
「少しばかり、話がある。お前の居場所を教えろ」
えぇー、と真一が不満そうな声を漏らした。事務所にいる借金取りには会いたくないらしい。仕方がないので、フィアスは付け足す。
「ついでに、そのヤクザを追い払ってやる」
――はははっ、言ってくれるねぇ……。

電話口で何故か真一が失笑した。