「くそっ!」
力任せに机を叩くが、シドの気持ちは収まらない。くそっ! と繰り返し吐き捨てた後で、思わずこの言葉がついて出た。
「赤い目に、なりやがって!」
 赤い目……、真一はモニターに映し出されたフィアスの顔を見る。彼の瞳は、変色していた。さきほど、廊下で襲撃してきた者の目と同じだ。
 あのときの金切り声は、人間のものとは思えなかった。理性の欠片もない、狂った動物の鳴き声。
「行かなきゃ……」
その声を聞いて、シドは振り返る。やめろ、と怒鳴りかけた言葉を、黒い銃身がはばんだ。
大男は両手を軽く上げ、扉の前に立つ青年に向かって静かに告げた。
「君が行ったところで虫けらのように殺されるだけだ」
「それもいい」
銃を構えた真一の目から、大粒の涙が溢れた。
「ダチがピンチなんだ」
シドは軽く頭を振る。まったく、類は友を呼ぶってやつか。そんな内容のことを自国の言葉でつぶやき、溜息を吐く。
そして真一に改まると、口を開いた。
「一つだけ伝えたいことがある。今朝の電話についてだ」
「電話……」
「ああ。実のところ、フォックスは、君も戦場に来ることを望んでいた。見せしめに殺すつもりだったのか、戦いの見物客にするつもりだったのかは分からん」
真一はかつてフォックスに連れられてシーサイドタワーへ突撃したことを思い出した。フォックスとフィアスが決定的に袂を分かつ原因になったのは、守るべき対象を戦場へ連れてきたことだと後で知った。
「フィアスは情報を共有しなかった。そのことを知ったら、君は絶対についていくと言うだろう? リンと違って、<サイコ・ブレイン>には君を生かしておく特別な理由はない。だからこそ、危険に近づけたくなかったんだ」
「なんだよ……仕事の邪魔をするなって言っておきながら、俺がいなきゃ、仕事が成立しなかったんじゃないかよ」
ははは、と涙の滲んだ声で微かに笑う。
 シドは赤茶色の眼差しで真一を見据えると、厳しい声で告げた。
「悔いのないように行動しろ」
 強く頷いて、真一は駆け出した。
 廊下に出て、地上へ続く扉を目指す。途中、ホテルと地下を繋ぐ鉄扉に鍵が掛かっていることを思い出したが、いざたどり着いてみるとドアには大きな穴が開いていた。外側から破られた跡だ。
あのゾンビ野郎、相当な怪力の持ち主だ……抜き足で穴をくぐり抜けながら、両腕に鳥肌が立つのを感じる。 こうして地上へと続く階段を上り切ったところ、思わぬ光景が目前に広がり背筋が凍った。 
血、血、血……
ホテルのロビーは、一面が血の海だった。あちこちに人が倒れ、物が破壊されている。
破られたガラス窓の向こうでサイレンの赤い光が何重にも点滅していて眩しい。
これもアイツの仕業か? あの赤い目の……。
ぼんやりと周囲を観察していた真一は、我に帰って身をかがめる。そのまま人でごった返すロビーをそそくさと抜けた。こんなところで足止めを食うわけにいかない。
幸いにもパニックに陥った人たちは、さっと人混みに紛れた真一に気がつかなかった。
ホテルから離れた大通りに出てタクシーを拾う。
「おっちゃん、幽霊展示場って分かるか? えっ、知らない? とにかく、小田原方面に向かってくれ」
向かう先は衛星カメラの上空写真から目星がついていた。彼らの戦場は、かつて自分も足を踏み入れた巨大な廃墟。ここから一時間ほどの距離だ。
フィアスは無事でいられるだろうか。映像を見る限り、かなり劣勢に見えたが……。
頼む、俺が来るまで生き延びてくれ。
心の中で強く祈りながら、真一はポケットの銃を握りしめた。