その男


その日の直樹は絶好調だった。
朝から金持ちそうな社長風情のオヤジから現金10万円を難なくせしめ、昼は横浜でも言わずと知れた名店「九頭龍」で1杯900円の味噌ラーメンを首尾よく食い逃げ。夕方は朝の10万をパチンコに費やしたら1.5倍のお値段になって返ってきた。
四時になると、高校も終わったアンナが直樹の400ccを見にやってきて、走り屋「美麗」の時間が始まる。
自慢のホンダ・CBR400F(これは、45万という破格で購入した中古車だったが、マフラーをもっと重低音のものに取り替えたり、ヘッドライトを高明度のものに切り替えたり、さらにビームまでオーシャン・ブルーの派手な装飾が施してあるものを付けたりしたので、改造費を合わせると優に60万は掛かっている)を唸らせて、横浜から渋谷へ移動。
109で手持ち金15万からアンナにギャル服をたくさん貢いでやり、好感度を上げる。二人の愛の記念にとプリクラも撮りまくる。順風満帆に渋谷デートを満喫した。
八時を合図に、渋谷から町田、横浜へと引き返し、「美麗」専用の溜まり場へ。大岡川の河川敷が代々、集会に起用する「美麗」の縄張りだ。
到着すると、五十人程度の部下たちが缶ビールを片手に、王と女王の帰りを待っていた。
今日は直樹とアンナの一ヶ月記念日なのだ。
早速、服を貢いだ代わりに、アンナの体に触り放題。1500円の家族用パックの打ち上げ花火を見ながら男道楽である。
今日は何から何までとんとん拍子にことが運ぶ。吉日だ。
「ねえ、直樹。アタシのこと好きぃ~?」
直樹の膝の上、間延びした声でアンナが聞いてくる。濃いメイクの塗りたくったアンナの顔に、花火のピンク色の光がまぶしい。
 アンナの金髪で赤青ピンク、さまざまなエクステンションの取り付けられた髪の毛を撫でながら直樹はいつものように、
「マジ好き。ホント愛してる」
――うわー、直樹さんとアンナさん、アッツイなあ!
――俺もアンナさんみたいなイイ彼女欲しいっすよ。
――マジ、「美麗」始まって以来の、伝説的なカップルですね!
二人の会話を聞いていた部下達が手持ち花火を片手に、口々に二人をはやし立てる。アンナは照れ笑い、直樹も取り澄ました顔をしていたが、内心はまんざらでもなかった。心の中で叫ぶ。
「美麗」の総長とは、なんて良い立場なんだ!
 初代総長である哲司さんから総長の座を受け継いで早一ヶ月、従順な百五十人もの部下に顔とスタイルのいい女付き。おまけに、自分の誕生日、正月には部下から1万ずつカンパさせた計300人の福沢諭吉もついてくるというから、向かうところ不幸なしではないか。
ひょっとしたら、その辺のアクセク働いている大人よりも良い立場なのではないか。
『世の中ちょろいもんだ。』
齢十九歳にして直樹は思ったのだった。

夢のような時間はあっという間に過ぎ、宴もたけなわになった今は零時きっかり。
テンションの上がりきった若者特有のアンニュイな雰囲気が流れ出す。このやるせない時間からが、〝お耽美〟の始まりだというのに、アンナは帰ると言い出した。直樹は反対したが、アンナも執拗に食い下がる。
「さすがに親、心配するしぃ。明日も学校、あるしぃ」
女子高生らしい時間の束縛に、直樹はしぶしぶ了解した。
高校中退の自分と違い、彼女は現役女子高生だ。付き合う上で、色々な折り合いをつけなければいけないのは分かっている。
不本意ながら、アンナを家まで送り届けようと、直樹がバイクのハンドルに手をかけた時、ソイツはやってきた。

ソイツ――その男が来なければ、今日一日、気持ちの良いままで締められたというのに……良いことがあった後には必ず悪いことがあるものだ。