薫の煙草を吸いながら、秋は呟く。
「この苦い味、本当に嫌。しかも、なんか辛いし」
一口だけ吸って煙草を灰皿に投げ出した。白く細長い筒の先端からたゆたう煙は細長く、天井近くまで立ち昇る。
ＬＡＲＫは、それほど苦くも、辛くもないはずなんだけどな、と薫は新しい煙草を銜えながら思う。むしろ、一口吸った瞬間、チョコレートのような甘い味が口の中に広がって、煙草を吸っている感覚がしないのだ。おかしいな……。
その傍らで、秋はＬＡＲＫのパッケージを両手に弄んでいる。右へ左へ、長方形の赤色をパスしながら、ポツリと呟いた。
「あたし、こんな小さい箱に、負けたんだ」
「勝負じゃないよ。我慢し合いながらこのまま続けても、窮屈だなぁって思っただけだよ。煙草に限った話じゃなくて、えーっと、他にも………その、いろいろ」
「煙草に限った話でしょうが」
秋は心の底から幻滅したような、もうどうしようもないという顔で、大きくため息を吐く。その吐息で煙草の煙が揺らぎ、秋の顔もわずかに霞んだ。
いっそこの煙で全てを真っ白くしてしまえたらいいのになぁ、と柄にもないことを薫は思う。
霧のような濃密な白でこの部屋を真っ白に染め上げて、この場から逃げ出してしまえたら、最高。
そこで、薫はこうも思う。
それ、大人として、すごくダメな考え方だよなぁ。
あのさ、根本的……というか、かなり基本的なことを聞くようだけれどさ。
かなり念を押した、もったいぶった言い方で秋は言った。煙草のパッケージをテーブルに置いて、座布団の上に正座をする。
そんな風に畏まられると、自分もそれに習わなければいけないような気がして、薫も姿勢を正した。
秋は微笑もうとしたらしいが、顔がこわばったままだったので、口の端だけが妙に引きつった、少し不気味な顔で言う。
「煙草についてとやかく言わなかったら、この危機は避けられるわけ？」
薫は、自分が取調室で尋問を受けているような感じがした。