その手を秋が掴んだからだった、渾身の力を込めて。
「いたたたた……」
「ふざけないで。あんた、一体あたしを何だと思ってるの」
秋がさらに爪を立てる。
「いてててて……」
「ねぇ、なんなの!? あんた、何? 何なのよ」
薫の周りにはびこる煙草の煙を、もう片方の手で払いながら秋は言う。薫は、この煙は堪らないと思い、何とかもう片方の手で窓を開けようとした。が、その手も秋に捕らえられてしまった。
両手を抑えられ、薫には成す術もない。ただ灰皿に残された煙草の煙だけが部屋に充満していく。
「何よ、煙草くらいで、何で別れなくちゃいけないのよ……」
部屋に満ちた静寂は、冷蔵庫の低い動作音を際立たせる。その音のせいで、薫はこの期に及んで、冷蔵庫の中に入っていたスイカのことを思い出してしまった。
五日ほど前に実家から送られてきた大玉スイカ。まだ半分ほど残っているが、早いうちに食べないと、腐ってしまう。スイカは腐ると実の赤い部分に、緑色の斑紋が浮かび上がってくるのだ。
「ちょっと、カオル。聞いてんの!?」
秋の金切り声で薫は我に返る。気がつけば、秋は涙を流していた。涙が筋を作ってファンデーションを押し流している。薫の両手を掴んでいるので、それを拭うこともできないようだ。
白くにごった涙が秋の顎の先から滴った。
「涙……」
「うるさい。分かってるよ、ばか」
てこでも秋は薫の両手首を離そうとしない。乱暴に薫の肩先に目を押し当てて涙を拭う。
「人の洋服で涙を拭かないでくれよ」とか、「肩が痛いんだけれど」とか、
それについて、文句の一つくらいは言いたい薫だったが、今この状況で何か不満を言おうものなら、身の危険も保障できかねるので、甘んじてそれを受け止めた。
「煙草の煙が目に痛いんだよ、ばか!」
理由も聞いていないのに、秋は弁解するように……というか、開き直ったように怒鳴った。