喫煙マナー向上委員会

喫煙マナー向上委員会

 ハジメちゃんは、そういうのをやればいいと思うの。何か、善行の権化のようなことを。ハジメちゃんの職場には、結構、吸う人多いんでしょ? だからその人たちに正しい煙草の吸い方を、さりげなくレクチャーしてあげるの。ハジメちゃんは煙草を吸っているときなんか、特にマナーや常識に、気を使っているじゃない。そんなハジメちゃんを見たら、職場の皆さんも、ハジメちゃんを見る目が変わると思うのね。
 昨晩の瑠璃子との会話を元は回想していた。
 煙草を吸っている時につい口を滑らせて、職場の連中が「派手好きで女好きのうわっついた男」だと、そういう認識で自分を見ているということを零してしまったのだ。否、元自体愚痴を言っているつもりはなかったし、そう誤認されている自分を、むしろ興味深く感じたりしていたのだが、どうやら瑠璃子は元が職場の人間関係で悩んでいると勘違いしてしまったらしい。

 そして「喫煙マナー向上委員会」と称する、元が煙草の正しいマナーを職場の連中の前でさりげなく披露するという、元のイメージアップ作戦を打ち立てた。


「……っていうわけなんだ」
 その日の昼休み、元はいつもの喫煙所で同僚の河野薫にことの成り行きを説明した。河野はショートホープの期間限定パッケージから丈の短いミニ煙草を取り出すと人差し指と中指で摘まみながら火をつけた。そのまま大きく息を吸い込むと、一瞬にして焼けこげた煙草の先端から長い灰がパラパラと床に落ちる。
「島崎……その、お前の彼女さんが言っていることは、すごく良いイメージアップ作戦だと思うんだけども……」
「うん」
河野はまた静々と煙草の煙を肺に落ち着かせると、ゆっくり空中へと吐きだした。
「そんなことをしたらチャラ男から、おばちゃんキャラに転職するだけだと思うよ」
元は咥えていたマルボローから立ち上る煙が、眼球に沁み入りそうになったので眼を瞬かせて、それを回避する。
 河野は吸い終って、フィルターだけになった吸殻を、スタンド式の灰皿に放る。新たに5本目を取り出して口に咥えた。Zippoライターで火を付けながら、
「高杉警部にしろ、他の連中にしろ、俺たちの職場に、人の善意を素直に受け入れるような器の広い人間が、居たっけ?」
元は咥え煙草のまま、職場の刑事達の顔を順々に思い浮かべていった。
信念の強い男たち。日夜、犯罪と闘う刑事。曲がったことが大嫌い、だが人に自分の信念を曲げられるのも嫌いな、元の同僚たち。
元は咥えていた煙草を大きく吸うと、一気に煙を空中へと吐きだした。
「喫煙マナー向上委員会は、解散の方向で」