服に付いた残り香

服に付いた残り香

彼の煙草の煙が洋服に移ってしまったらしく、買って間もないブラウスに、灰の乾いた匂いを嗅いだ。一端気になり始めると、簡単に頭は切り替えられない。呼吸をすればするほど、灰の匂いが鼻につく。舌が辛くなりそう。
ああーあ……
間延びしたような溜息が思わず出た。
ブラウス、まだ新品なのにどうしよう。私は煙草を吸わないし、家族に気づかれたら今まで彼の家にお邪魔していたことがバレてしまい、なんとなく恥ずかしい。香水で匂いが消えるかしら。
そんな思案を巡らせていると、車掌のアナウンスが電車の到着を知らせた。程なく、騒音を響かせて六両編成の電車がやってきた。吐き出される乗客の群れを器用に避けて乗り込む。
つい今しがた満員だった電車の、むせ返るような温かさと人のにおい。他人の横を掠めたときの洋服の布ずれが女を少し不愉快にさせた。ピンク色のコートの襟を立てて、なんとなく顔をガードするような気分で。
その時、ブラウスの襟からさっきの灰の匂いが香ってきた。やっぱり舌がぴりぴりするような好ましくない匂いだったが、少しだけ安心した女は、静かな呼吸と共に彼の匂いを吸い込んだ。

ああーあ……
間延びしたような溜息が思わず出た。少しだけ、ほくそ笑んだ。