大抵、島崎元はこのように断りを入れる。一本目の煙草を吸うときも、「今、吸ってもいい?」。
「ハジメちゃんって、なんとなく外見はチャラチャラしている感じなんだけれど、良識ある大人よね」
ある日、瑠璃子に言われて、元はギョッとした。
瑠璃子はごく当たり前のことを言ったつもりらしく、特に表情や態度を変えるわけでもない。元が新宿のデパ地下で買ってきたスウィーツを美味しそうに食べている。
元はマルボローのパッケージをテーブルの上に置いて、暫く瑠璃子がモンブランを食べる姿をじっと見つめた。瑠璃子は三口ほどスウィーツを堪能してから、元の視線が自分に注がれていることに気づいて顔を上げる。
「何? 煙草、吸っていいよ」
「ああ、うん」
そう返事をしながら、元は自分の秘密の部分を、何の前触れもなく晒された気がして、中々煙草に手を伸ばす気になれない。
「瑠璃子」
「なあに?」
「俺、良識あるか?職場では、すごーく非常識でだらしなくて、ケツの軽い男に見られているんだけど」
大真面目な顔をして元がそんなことを言ったので、瑠璃子は笑った。
「ハジメちゃんは、そんな人じゃないでしょ。煙草の吸い方とか、その〝もう一本、吸っていい?〟って断りを入れるところをずっと見てたら分かるよ」
その時、元は、思った。
成る程。男は人の外見を一瞥してその人間性を決めることが多いが、女は違うらしい。些細な仕草や物言いの一つ一つを汲み取って、その人の品性とか人柄を導き出すものなのか。
特に、それが恋人の行動であるなら、なお更洞察力に磨きがかかって当然だ。
「瑠璃子の前だと自分を偽れないな」
それを聞いて、瑠璃子はさらに声をあげて笑う。
「ハジメちゃんにはそんな芸当、できないでしょ」
瑠璃子と話をしていると、どこまでも自分を見透かされそうで、または自分でも知らない自分を照らし出されてしまいそうで、たまに元はたじろぐ。
そんな時にはせめて、自分の動揺だけは暴かれてしまわないように、二本目のマルボローに口をつける前に、瑠璃子にキスをしておく。