SCENE:7‐4 13時20分 部屋
彼の座っている椅子は、汚れ一つないイームズチェア。部屋の周りを取り囲むキャビネットも白く輝いている。
キャビネットはガラス張りで、横幅が狭く縦に細長い。中には人間の形を模したロボットがしまわれている。一体につき一つ。家具というより棺のようだ。
フィジカル・ヴィークル。
老若男女、体つきは様々なものの、ケースにしまわれたそれらに顔はない。使用の際、南雲自らが任意の写真をもとに施工する(南雲はその作業を〝生命を刻む〟と呼んでいる)。
彼は椅子から立ち上がると、片手でキャビネットの戸口をなぞりながら部屋の出口へ進んでいく。今いるのは地下室で、その終わりには地上階へ続く梯子が掛かっている。南雲は段に手を掛けると、色白の細い腕に力を込めて、ゆっくりと梯子を上る。
地上階は生活空間になっている。真っ白なテーブル、真っ白なソファ、真っ白なベッドに、真っ白な壁……壁にかかってある絵画でさえ何も描かれていない。
室内は整然と片付いていて、床にはチリ一つない。人間味のない無機質な空間に、南雲は安心感を覚えるタイプだ。秩序や規則性のない不揃いなインテリアは、見ていて気分が悪くなる。
完璧にデザインされたかに見える、この部屋にも例外はある。
それは、クローゼット。
雪の上に落ちたナナカマドの実のように、真っ赤なクローゼットが窓際で
フランボワーズが特注した。
「フローラ・フランのジャンパースカートをとって」
フランボワーズが言う。
「シャツはRe Zelf Dallerのパフスリーブ。パニエは引き出しの中。靴下はもちろんRECO RESS。分かっているわよね?」
南雲はため息をついて、クローゼットに手をかける。扉を開けると、色とりどりのドレスの山。クローゼットの装飾に劣らず、フリルやリボン、レースやギャザーがあしらわれた
うっ、と南雲は息が詰まる。自分の美意識と相反するものが多すぎて身体が拒否反応を起こしている。おぞましい。反射的に扉を閉めて、ひとまず気持ちを落ち着かせた。
クローゼットの扉に目をやる。入念にニスが施され、ピカピカ光る表面に、自分の姿がうっすらと反射している。
手をかざして、虚像の自分の顔に触れる。
三日月形の細い眉、睫毛の長い大きな瞳、小ぶりだが筋の通った鼻、薄く色づいた小さな唇、その中にきれいに揃った白い歯が健全な輝きを放っている。皮膚の
幼い頃は女の子に間違えられたものだった。
顔立ちが整い過ぎていて、人々はそれを異様な精神性の
人々は壊れ物を扱うように南雲のことを扱った。
外見的特徴によって起こる事象が、内面の性質を創り出すのか。
内面の性質によって起こす行動が、外見的特徴を創り出すのか。
とにかく南雲は、外部のあらゆる刺激に
部屋の外は不確実性と突発性が支配する戦場だ。誰かが廊下を歩く音に怯え、話声が聞こえれば自分に関することではないかと疑ってしまう。
もちろん、全知力、全神経を集中させないと、同僚に挨拶もできない。
南雲が素の自分をさらけ出せるのは、フランボワーズの前だけだ。
極度に整った顔を曇らせて、南雲がじっと動かずにいると、
「豪!」
しびれを切らしたフランボワーズが怒鳴りつけた。
「あんた、外に出るんじゃないの? そのためにアタシの服を選んでいるんでしょ! 本当は、あんたの手伝いをする義理はないのよ。アタシの
「……フランボワーズ、君は一肌脱ぐどころか、新しいドレスを二着も僕に買わせたじゃないか。それのどこが健気な優しさなんだい?」
「何よ、その言い方! 本当なら、五着買わせても足りないところを、二着で我慢してやったのに!」
「怒らないでよ。僕はただ、事実を述べただけで……」
「あー、
「あっ、まだ準備が……」
「おやすみなさい、南雲豪」
その言葉を最後に、南雲の視界は真っ暗になった。