SCENE:3‐2 15時57分 汐生町 繁華街
「サユリ、準備は良いデスカ?」
「あ、はい……大丈夫です」
「オッケー、それでは開けマスヨ」
カーテンが勢いよく開いて、リリーが現れる。厳しい顔で腕を組み、何度も上下に視線を走らせてはさりゅの全身をくまなく眺める。
指示されるまま、さりゅはくるりとその場で一回りしてみせる。
デニム生地のフレアスカートがふわりと広がり、裾に施された細かなレースが腿を撫でる。
こそばゆい。ひんやりした冷たい風の当たる範囲がいつもより広くて冷え冷えする。
「このスカート、かなり
「ノー・プログレム! サユリはビューティフルな脚を、もっと見せた方が良いデス」
「み、見せるって誰に?」
「モチロン、街を行き交うボーイズ&ガールズにデス。欲望と
「わたし、別に輝かなくても……」
さりゅの戸惑いは、ひとかけらもリリーに伝わらない。
学校を出てから一時間。二人は街にやってきた。
ウィンドウ・ショッピングをしたいというリリーに付き合っているうちに、なぜかさりゅの私服を新調することになった。
罰ゲームのような試着大会が幕を切ったのは、間もなくだ。
リリーの好みとさりゅの好みはまったく合わなかった。
というよりも、半裸に近い露出度で街を歩けるような人間にしかリリー・タイガーのファッションセンスは理解できないだろう。恥ずかしさで一歩も歩けなくなるほどの際どい服を何着も試着させられた。
現在、試着させられている服はかなりマシな方だ。肌を覆う面積が70%以上ある。強風に気をつけていれば、店外だって歩ける。トップスも肩先が見えるオフショルダーだけど、過激なデザインじゃないし……などと自分に言い聞かせ、さりゅは無理やり納得する。
着てきた制服はもらった紙袋の中に詰めた。
店を出ると初夏の風が吹いてきて、さりゅは反射的にスカートを抑える。
「うう、やっぱり短いよぉ……」
もちろん、このつぶやきもリリーには聞こえない。
サングラスを胸元にしまうとウキウキとさりゅを振り返る。
「あとはメイクだけデスネ。ワタシの手持ちではサユリの肌に合わないノデ、調達しまショウ」
「そ、そんな、これ以上甘えるわけには……ただでさえ、こんなに高そうな洋服を買ってもらったばかりなのに……」
「ドント・ウォーリー。ワタシは見ての通りセレブですカラ、お金のことは心配しないで下サイ。メイクの仕方だって、一から教えてあげマスヨ」
「あ、それは嬉しいかも」
「サユリが喜んでくれて、ワタシも嬉しいデス」
うふふっと柔らかな顔でリリーは笑う。こんなに美しく笑えるなんて、リリー・タイガーはやっぱり女優だ。
可憐で、美しくて、セクシーな、少女たちの憧れの存在なのだ。
堂々と胸を張って歩くリリーに何人もの女の子たちが振り返る。中には近づいてきて、写真を撮ったり、握手を求めたりする子もいる。リリーはその度に笑顔で相手の求めに応じてあげている。女神のような懐の深さだ。
彼女が演じているドラマ「システマティック・ウォー」の主人公も優しくて、勇敢な心の持ち主だ。愛する人たちが傷つくことを、黙って見過ごしたりしない。女子高生の彼女は、転校した先の学校で生徒たちのいじめや教師たちの不正に立ち向かう。
凛々しい彼女が唯一苦手とするのは恋愛。
好きな男の子に思いを伝えることができない。男の子の方も彼女のことが好きなのに、はがゆいまでに二人の心はすれ違う。
中高生たちが惹きつけられるのは、勧善懲悪のストーリーに絶妙なタイミングで差し込まれる二人の恋の行方だ。いつも続きが気になる終わり方をするので、次週の放送までにあれこれと予想を立てたりして楽しむことができる。
もちろんさりゅも二人の恋愛がどうなるのか気にはなるが、それ以上に主人公に対する憧れからドラマを見続けている。
フィクションと現実を比べているわけではないが、ファンに対するリリーの応対を見ていたら、あのドラマはリリーの人柄があったからこそ、流行っているのではないかと思えるほどだ。
「リリーさんって、優しいんですね」惚れ惚れしながらさりゅは言った。
「可愛くて、強くて、優しくて……リリーさんの隣りにいると、“システマティック・ウォー”の世界に入り込んでしまったみたい」
「なるほど。ニッポンでは、ワタシのドラマが放送されているのデスネ」
リリーは昔に思いを
しかし、すぐさま、さりゅに向けてにこっと笑った。
「ワタシは、アナタが思うほど優しくないデスヨ」
「え?」
「それよりサユリ、前方にデパートが見えマス。コスメティック・フロアを目指して、突撃体制に入りマスヨ!」
リリーにがっしりと手を捕まれ、さりゅはまたしても引きずられるようにデパートへと走るのだった。