「五年前、アヤはNYで殺された」
このままでは一向に話が進まないので、フィアスは手短に彩がNYに来たことと、彩の死の詳細について語った。そしてそれに〈サイコ・ブレイン〉が絡んでいるという、今はっきりと浮かび上がった事実も。
笹川は彩の死は事故か何かだと踏んでいたらしい。他殺だという事実には驚きを隠せない様子だった。
「ってことは、彩ちゃんをあやめたってのは……」
「〈サイコ・ブレイン〉で間違いない」
フィアスの言葉に、今まで背筋を伸ばして話を聞いていた笹川が脱力したようにうな垂れた。同時に深いため息もついた。
「やはり奴らの所業か……」
「〈サイコ・ブレイン〉についての説明は必要ないようですね。むしろ、貴方の方が俺よりも詳しいとお見受けする」
訳知り顔で笹川は頷く。
「だけど兄さん。〈サイコ・ブレイン〉と戦を起こす気ならやめた方がええ。たとえそれが、女のあだ討ちであったとしても、喰えねえ喧嘩はしねぇに限る」
情に厚そうなヤクザの親分の事だ、『打倒、〈サイコ・ブレイン〉』に賛同するかと思えば、きっぱりと拒止の意を示したので、ややフィアスは面食らった。
「何故?」
笹川の意見ははっきりしていた。
「犬死するからだ」
「やるだけ無駄、ということですか?」
眉間に皺を寄せるフィアスを宥めるようにして笹川は言う。
「何も、兄さんの力が弱いからだとか、そういうんじゃない。ただ――」
笹川は一拍おいた。息を吸ってまた話し始める。
「――ただ、アンタも“組織の持つ力”の強さを理解してねぇわけじゃねぇだろ?」
「組織の力……要するに貴方がたのようなチームがもたらす権力、ですか?」
笹川は大きく頷いた。
「そうだ。丁度わしら「組」のような、巨大な力。いくら日本が公認する随一の権力集団が警察だと言われても、それはあくまで表向きの建前だ。日本はどんな時代にも、公式の権力よりももっと大きな力に覆われている。兄さんにゃぁ、ちと分かりづれぇかも知れねぇが、「朝廷」に対して「幕府」というような塩梅あんばいにな……。いうなれば、〈サイコ・ブレイン〉は幕府ってところよ」
「それはつまり……」
〈サイコ・ブレイン〉の力は、国家警察を凌駕りょうがしている。
ヤンキーのグループや組を壊滅させるのとは規模が違う。いくら武力に優れていようとも、たった一人の人間が立ち向かったところで、すぐに〈サイコ・ブレイン〉の強大な渦に呑まれてしまうだろう。
――それじゃあ、〈サイコ・ブレイン〉がアヤを殺す事を決定付けた時点で、それを阻止することも不可能だったのか?
“運命というものが実在しないなら、出来たかもしれない”
フィアスは昨晩のホステスが言っていた事を思い出した。
定められた運命。それを決めるのは〈サイコ・ブレイン〉。
〈サイコ・ブレイン〉そのものが「運命」だとでもいう気か。
「口惜しいが兄さん、余計な気を起こすな。さもないと、アンタは国以上の力と対立することになる」
笹川が厳しい目でフィアスを睨む。その眼光の中にはBLOOD THIRSTYの若者の身を案ずる気も含まれていた。長い沈黙の後にフィアスは口を開いた。
「それでも、俺は戦わなければならない」
笹川の炯眼を跳ね返すようにフィアスも鋭い目線を笹川に向ける。
「〈サイコ・ブレイン〉がどれほどの力を保持していようが関係ない。俺は、俺の意志に従うまでだ」
きっぱりと言い放つとフィアスは真一に目を向けた。
「……そういうことだろ、ホンゴウ?」
突然、話を振られた真一は、「え?」という顔で首を捻る。たったの数ヶ月前のことなのに、この男は三歩歩いた鶏のように忘れている。
「NYで、“復讐でも逆襲でもやりたいようにやればいい”と言ったのはお前だろう、ホンゴウマイチ」
「……ああ!」
NYでの出来事を思い出した真一はやっと納得顔で頷いた。そしてまだ厳しい顔をしている笹川に向かってこの上ない気楽な口調で宥める。
「まあまあ、じーちゃん。いくら〈サイコ・ブレイン〉が強くたって、ぬけぬけとやられるBLOOD THIRSTYじゃないぜ? そこまでネガティヴになんなくってもいいんじゃねぇか? まあ、当たって砕けろってことで、やってみる価値はあると思うんだけどなぁ」
明らかにこの場の温度の違う真一の答えに笹川は苦悩の表情でため息をついた。本郷真一のガードの依頼を受け、真一の楽観的な心構えに幾度となく嘆息してきたフィアスは笹川の苦悩がよく分かった。窮地きゅうちに一生を得るたびに、真一の楽天家ぶりは増幅しているようだ。
「当たって砕けちまったら、死ぬぞ、真一……」
笹川の暗く沈んだ声を、真一は笑い飛ばした。
「ま、そうなったらそうなったで、仕方ねぇよ。とりあえず、死なない程度に頑張るってことで、もういいじゃねぇか」
沈んだ空気は真一の手叩きでお開きになった。
 有り難いことに、微小ながら〈サイコ・ブレイン〉の国家をも超える力を危惧する気持ちが、粉砕されたことも事実だ。口に出さないにしても、フィアスは心中で真一に感謝した。

 その後、笹川毅一から語られた〈ドラゴン〉の話はヤンキーからヤクザへと昇格し、周りの人望も厚く課せられた仕事は完璧に遂行、上の人間の言うことには素直に従うというヤクザの鏡のような男のサクセスストーリーだった。常軌を逸したところも特にあらず、他のヤクザとなんら変わりはない。
 〈ドラゴン〉は生まれも育ちも横浜で、親や兄弟、親戚は誰一人としていないということだ。
「最後に一つだけお聞きしたい」
フィアスは改めて姿勢を正す。
「〈ドラゴン〉の妻は今何処に?」
昨晩のホステスが、正妻の事なら、笹川の方が詳しいと言っていたのだ。破綻はたんしたにしても、笹川は〈ドラゴン〉と兄弟の契りを交わした仲だ。愛人の存在はともかくとして、〈ドラゴン〉の正妻である女性について笹川が知らないということはないだろう。正妻が今尚健在で、何処かにいるとしたら、今度は〈ドラゴン〉の「人を十数人殺害した理由」が明らかになるかも知れない。
だが、笹川から出たのは残念な答えだった。
「〈ドラゴン〉の嫁さんなら、もう二十年以上も前に仏さんだよ。確か、あおいという名前だったかのぅ……そう、子供が生まれてすぐだったらしいな。〈ドラゴン〉が〈ドラゴンヘッド〉の頭として横浜を治めていた頃のことだ。わしも〈ドラゴン〉の口からは、それくらいしか聞かされておらん」
アオイ。龍頭葵。新たに上がったアヤの母親の名前。しかし、もはや故人だったという事実。しかし、逆に「死人」と言う事実こそが〈ドラゴン〉が犯した大量殺人の、最大の「理由」なのではないか。
フィアスは呻くような声で呟いた。
「〈ドラゴン〉は人を蘇らせようとしている」
「ああ。その〝人〟こそが、亡き妻だったのかも知れんのぅ」
淡々とした口調で笹川は言った。
稚拙な夢物語のような話を、人の死を持って叶えようとした男の残虐な行為こそが稚拙な悪夢だ。微かに畏怖の念を感じる。フィアスは横目に真一を見ると、真一も苦虫を踏み潰したような顔をしていた。
「くだらん、酔狂だ……〈ドラゴン〉は狂っていた」
笹川は静かにそう言うとキセルを燻らせ、白煙を吐き出した。話題を切り替えるように、あぐらを掻いていた足を正すと、
「問題は過去のことじゃない。お前さんたちの現在いまだ。この件から手を引かないというのなら、いずれ、〈サイコ・ブレイン〉が動き出す――いや、もう動き始めているかも知れんぞ」
およそ二ヶ月かかっても尻尾をつかめなかったぬえが、自ら動き出してくれるというなら好都合だ。それが如何なる猛獣であろうとも、それなりの覚悟は出来ている。
 フィアスは口の端を吊り上げて笑う。
「望むところだ」


笹川は、今度は〈サイコ・ブレイン〉よりも「BLOOD TIRSTY」、そしてNYでの出来事について詳しく聞きたいと言ったが、真一にまたの機会にといさめられた。
「なんでぇ、つまらねぇなぁ……」
ご隠居のヤクザ組長は退屈した様子で呟いた。
「余生を閑散かんさんと過ごせるのはありがてぇことだが、いまいち刺激っちゅうモンが足りなくてなぁ。“退屈は死病だ”とか言ったヤツの気持ちが分かるってもんよ。お前さんたちはいいねぇ、生きるか死ぬかの選択が出来て」
真一は曖昧に笑いながら音を立てずに立ち上がると、フィアスにも立ち上がるよう促した。そして声を小さくして囁いた。
「昔からじーちゃんが愚痴始めた時は退散するに限るんだ」
居間の出口まで来ると、先頭に立っていた真一は笹川を振り返った。笹川はまだ二人が座についているものと思い、目を閉じて何やら愚痴を零していた。
「じゃあ、じーちゃん。またな」
真一にそう言われると、笹川は細めた目で出口を見やり、
「用がねぇならさっさとけぇれ」
キセルの煙を吹きかけた。
 来た道を、今度は真一の後方について引き返してゆく。だが、段々と行きに通った廊下とは違う廊下を歩いていることにフィアスは気づいた。壁際の窓から見える庭も行きに見た庭とは角度が違う。
「おいホンゴウ、道を誤ってる」
フィアスが言うと真一は気まずそうな笑みを浮かべつつ振り返った。そして小さな声で、しかしきっぱりと言った。
「悪ぃ、迷った」
本郷真一は自称「超・方向音痴」だ。実際に、真一の後についていった成田空港で、乗る便を間違えそうにもなった。空港で迷うのは誰しもありうることなので、フィアスは大して気にも留めていなかった。
 しかし、いくら笹川邸が巨大な和風建築物だといえども自分の家の中で道に迷うとは、もはや脱帽ものの三半規管さんはんきかんである。こういった真一の妙なサプライズにもはや慣れてしまったフィアスは無表情のまま、湧き上がりそうになる様々な感情を右から左へと流した。これも一種の精神修行だと思えば、真一のエキセントリックな性格と行動も苦しみの種ではなくなるのだ。「寛大な精神力」……これが真一のガードの依頼を遂行した中で唯一の習得物しゅうとくぶつといえよう。
 五分後、フィアスは来たときの記憶を頼りに見事玄関を探し当てた。玄関が見つかると真一は感嘆の声を上げた。
「すげぇ! よく玄関分かったな。俺、いっつも十分は迷うよ」
荘厳そうごんな庭の真ん中を今度は堂々と通過する。また門のような扉が現れた。来た時は潜り抜けなかった笹川家の正面門である。その近くにはがっしりとした体躯の男が大工道具を手に何やら門の左上角をいじっていた。男はやってきた真一に気づくと、工具を足元に置いた。
「若、いらしていたんですか!」
「若」とは、またもや時代劇のような物言いである。
「よぉ!」
真一は姿勢を正した男に対して無作法なほど適当な挨拶を返す。
そして、
「ああ、この人は慶兄ちゃん。じーちゃんが現役・・だった頃からの古株なんだぜ」
と男を指差して自分解釈な紹介をした。
「どうも、一之瀬慶一郎いちのせけいいちろうです。笹川組の世話人というものをやらせて頂いています。以後、お見知りおきを」
真一の紹介では明らかに説明不足だと思ったのか、そう言って頭を下げた一之瀬慶一郎は利発そうな顔つきの、初老そこそこの男だった。すべてのヤクザに共通する鋭い瞳はただ一つ。左目は刃物で斜めに切られた後があり、目が開かないようだった。黒いスーツを着、髪はオールバックで固めるという古風なスタイル。首には金のネックレスが輝いている。笹川組のヤクザの中でもかなり格上の人物だろう、落ち着いた物腰だ。
 フィアスも適当な自己紹介をして頭を下げた。最後に真一が「俺の友達」と付け足すように言ったが、例のごとく無視する。一之瀬は僅かに目を細めて愛想笑いをした後、また真一に向き直った。
「若、長い間お顔を拝見していませんでしたが、お元気そうでなによりです。今日は何用で来られたんです? 若のことですから、何の気もなしに里帰りをしにきたというのではありますまい」
「いや、特に用事はなかったけど……ちょっとじーちゃんの様子が気になってさ」
「何と! それは、お心が決まったということですな!」
嬉々とした表情を隠そうともせず一之瀬は喜ぶ。意図のよく掴めないフィアスの隣で真一はぶるぶると首を振った。
「別にただの里帰りだってば!何か用事がなきゃ、帰ってきちゃいけないのかよ」
そこはかとなく怒気を含めた声で真一は言う。この能天気な男にしては珍しく怒っているようだった。
一之瀬は喜びの態度を引き締めた。一転、真剣な面持ちだ。
「いえ、決してそういうわけではありません。ただ、お心を決めていただかねば、親父おやっさんとて安穏した暮らしが儘なりません。親父っさんは今まだ頭領の座についていますが、事実上の執権は手放したも同然。誰かが組の統率をはからねば、いずれ秩序は乱れましょう」
「……その役、慶兄ちゃんでもいいじゃねぇか」
吐き捨てるように真一は言う。
一之瀬は厳しい顔で首を振る。
「俺にそのような大それた力はありません」
「慶兄ちゃんは自分を過小評価かしょうひょうかしすぎだぜ」
「俺は事実を言ったまでです」
「慶兄ちゃんは俺よりも勉強できるし、喧嘩も相当強ぇじゃねぇか」
「そんな後天的な能力だけでは、組織が成り立たないのは若もよく知っておられましょう」
頑として一之瀬は引かない様子である。断じて真一も首を立てには振らない。暫く無言の睨み合いが続いたが、結局折れたのは一之瀬のほうだった。ため息をつくと門に向き直り、左上に取り付けてあった何かと数分の格闘の末、それを引っ張り出して来た。
「ところで若、これ……何だと思います?」
そういって手の中に納まった黒い物を真一に見せる。四角い携帯電話大の箱だった。
「何これ?」
「さあ……今朝門を通ったら日光に反射して光りましてね。それで気がついたんですが」
「少々拝見しても宜しいですか?」
かしこまった口調で申し出たのはフィアスだった。黒い電子物体を一之瀬から受け取ると、丹念に色々な角度から点検し始めた。その四角い箱に接続されたコードの先も手繰り寄せて見ている。黒い物体から飛び出たコードは、笹川家の塀の屋根下を通り、笹川の家の中まで続いていた。
「なんだこりゃ!?」
細長いケーブルが比較的目立たない部分の家の壁に穴を開けて侵入しているのを見て、真一は素っ頓狂な声を上げた。
「最近この家に見慣れない人物が出入りしたという事は?」
フィアスが一之瀬に尋ねる。
「2ヶ月程前に庭師が庭を整備しに来ただけです。家の中へは入っていないかと」
「あまり面識のない新米のヤクザもこの家を訪れたりするのですか?」
「ごくたまに、兄貴分に連れられて来ますね。俺も、兄貴分の人間とは面識があるものの、取り巻きの新米は初対面が多いです」
「なるほど」
フィアスは電子物品を一之瀬に返すと言った。
「これは監視カメラと盗聴器です。それも最新式で性能がいい。今はもう作動していないようですが、つい先程までは正常に作動していたものと思われます」
一之瀬は意外そうな顔をした。
「それじゃあ、これは……此処に出入りしている新米の所業ってことですか?」
フィアスは頷く。
「笹川組に内通者がいる可能性は高いです」
「一体何のために……」
一之瀬の言葉に、フィアスは一瞬だけ逡巡の仕草を見せたが話しだした。
「そうですね……恐らくは笹川組と対立している組織なのでは。聞くところによると、笹川氏はリーダーの権威を手放し、組は現在アナーキー状態にある――その隙を狙って他の組織が介入しようと目論もくろんでいるということもありうると思います。くれぐれも警備を厳重に、身元の割れていない人間は同族といえども安易に中へ入れないことをお奨めします。攻め入る隙を見せなければ、敵もってはきません」
一之瀬は驚いたような顔でフィアスを見た。日本語をきれいに操るフィアスにはさほど関心を示さなかったにしても、監視カメラの仕掛け主に対する明確な見当と敵に対する迅速な対応に舌を巻いたようだ。
 普通ならここで誰しもフィアスの素性を尋ねるところだが、礼儀正しいヤクザの幹部は、それは無礼に値すると思ったらしい。暫く片目を大きく見開いてフィアスを凝視していたものの、やがて承知顔で頷いた。
「親父っさんに報告しておきます」


 笹川組の門を抜けると真っ先に真一が口を開いた。
「なあ……じーちゃんの組は、すごくマズイ状態なのか?」
「さあな。俺はその道に詳しくない。ただ、このまま笹川組を統率する者が現れないままだと危険かもな」
フィアスは煙草を取り出すと火をつけた。
「笹川組の人間は、お前をリーダーに祭り上げたいらしいな」
以前、馬車道のBARのマスターが言っていた「親子盃」という言葉が頭をよぎった。親子盃というのは、ヤクザ組織の跡目存続の盃なるもののことだ。先程の一之瀬の喜んだ表情は、この式を執り行うために真一が笹川家にやってきたのだと思ったからだろう。
 現・組長、笹川毅一さえもその計画に乗り気なのは真一との会話で薄々予想がついていた。そして、当の真一は、その計画に乗り気じゃないということも。
 煙草の煙の先を目で追うように真一は空を仰いだ。
「本来なら、組の跡継ぎってのは血の繋がった身内を次代頭領にしねぇもんなんだよ。だから、俺も今まで気楽に構えてたんだけどさ。最近、じーちゃんがどうしても俺を領主にするって言って聞かねぇんだ」
何を買い被っているのかは知らないが、笹川も突拍子もない事を言うものだ。この計画性のない能天気男が次世代頭領になどなったりしたら、笹川組の崩壊は眼に見えている。
「俺は慶兄ちゃんが跡を継げばいいと思ってるのに、本人は全然その気がないみたいなんだよなぁ」
フィアスはついさっきまで話していた、片目のヤクザの顔を思い浮かべた。
一之瀬が自分を過小評価しすぎなのか、それとも笹川の意見を尊重し自重じちょうしているのか、どちらにしろ一之瀬慶一郎という男は謙虚な人間らしい。笹川に次いで、真一の知り合いの中でもマトモな人格の持ち主といえよう。
「俺が口をはさむ筋合いはないが、意見するとしたら、お前に同意する」
「だろ? やっぱ慶兄ちゃんが組を取り仕切ればいいんだよな」
真一が満足げに頷いた。
「文句言わずに慶兄ちゃんが組長になってれば、さっきの監視カメラだって取り付けられなかったはずだろ」
その質問にフィアスは首を振る。
「違う。あれは笹川組に敵意を持っている人間の仕業じゃない」
黒い盗聴器。あれは性能の良い高価なものだった。たかが目の敵にしている組の玄関先を見るために使うだろうか。それに、あの手際の良いケーブルの繋ぎ方は一般人のなせる業ではない。
「ケーブルを見たか?あれは笹川の家を通って屋根のアンテナまで届いていた。恐らく電話回線を利用した遠隔操作監視カメラだ。ヤクザといえども一般の人間が手を伸ばすにしては高価すぎるし、概要も複雑すぎる。ケーブルに関しても専門家でなければ取り付けることは難しい」
恐らく情報のデータは暗号化されて敵の下へと送られているだろう。監視カメラの本体が見つかっても内容は分からないし、ネットを使って逆アクセスすることも不可能だと思われた。
「監視カメラの目的はホンゴウ。お前だ」
真一は訝しげな顔でフィアスの話を聞いていたが、カメラの目的が自分だと知ると目を丸くした。
「なんで俺!?」
「お前がまだ生きているかどうか確かめるためだろう。お前が生きていれば、いずれ笹川家に顔を出すはずだからな。最も、向こうはお前がアメリカで死んでいることを願っていたようだが」
「それって……まさか」
フィアスは煙草の煙を吐き出すと言った。
「〈サイコ・ブレイン〉が動き出した」