開放

開放

そんな二文字が薫の頭を支配している。三分前からずっと。
薫の両手首には赤い三日月がタトゥーのように5つずつ刻印されていた。犯人はもちろん、澤田秋以外の何者でもない。
秋は爪痕を見ない振りをしているのか、本当に忘れてしまっているのか、
「おいしー」
と上機嫌でスイカに歯を立てている。白い涙の滴っていた顎先から、今度は赤い汁が滴り落ちる。
薫の前にも半月型のスイカがどん、と皿に乗せられているのだが、中々手をつける気になれない。
「スイカってさ、腐ると斑点が出るんだよ」
秋はスイカを食べる手を止めて、自分のスイカを眺め回す。
「や、そのスイカは腐ってないよ」
薫がそう言っても、秋はスイカの点検をやめない。やがて、薫がスイカに一口も手をつけていないことに気がついて、疑わしげに薫の顔を見るので、仕方なく薫も秋と揃ってスイカを食べるという「和解」に行動を移すことにした。


「煙草が一番でいいよ」
口の周りのスイカの汁をティッシュで拭い取って秋は言う。早くも薫が吸い始めたので、部屋の窓を開ける。
苦い煙は、残暑の生暖かい風にさらわれて空の彼方へ消えていく。
秋が隣に腰を下ろして薫の顔をじっと見つめているので、薫は何となく背中がむずむずするような、足の指先が痺れるような感覚に襲われた。
非・喫煙者の隣で吸うのは、こそばゆいものがある。吸っている側の人間性を覗かれているようで。
それが、異性であったらなおさらである。
「あたしのことは、二番目に優遇してね」
「別に順番なんかないよ」

入道雲になってしまいそうなLARKの煙を見つめながら、ああ、面倒くさいなぁと薫は思っていた。