「その匂いがきらい 」

「その匂いがきらい 」

そう言われた瞬間、河野薫は、こりゃ終わりだ、と思った。
たった今、終わってしまった。もうこれ以上続行することはできない。今すぐにでも、終わりにしなければ……。
煙草ではない。澤田秋との関係を、である。
「あたし、煙草のにおいって好きじゃないの。喉が痛くなるし……目に入った時なんて、もう最悪」
「それは、俺にも分かるよ」
とりあえず相槌を打ちながら、薫はぼんやりと思う。
付き合って三ヶ月か。ああ、短かったな。それでも、前の女性(ひと)に比べれば、長く持ったほうだ。
前の彼女は筋金入りの煙草否定派で、会うたびに禁煙グッズを渡された程だった。あいつに比べれば、秋はよく辛抱してくれたと思う。ああ、名残惜しいな。

秋は薫の家の冷蔵庫を勝手に開けると、中から缶チューハイを取り出して、プルタブを開けた。チューハイの炭酸のせいで、弾けるような音がした。
「別に禁煙しなさい、なんて言うつもりはないの。ただ、ちょっと吸う量を控えて欲しいだけ。体にも悪いし」
ゴクゴク音を立てて秋はチューハイを流し込む。いつもと違う豪快な飲み方から、煙草に関してのストレスがかなり溜まっていた事が、簡単に想像できた。
秋が一息つくのを待って、薫は言った。
「秋……」
「何?」
「別れたい」
秋はただでさえ大きな目を、さらに大きくしたので、あり得ないとは分かっていたけれど、眼球が目のくぼみから飛び出したりしないかと薫は心配だった。
秋は微かに首を振る。瞳は最大限に見開いたまま、なんだかアメリカ製の悪趣味な人形みたいだった。
「信じられない」