くわえ煙草の負け犬

くわえ煙草の負け犬

自分を負け犬だと自覚したことはない。いや、今までにはなかった。
しかし今ではそうなんじゃないかな、と思っている。何に負けたのか、と問われればこう言い返すしかない。
「家族と国会……」

そうだ、扶養家族と国会(特に財務省)に、負けている。いや、これはもうひどい虐めだ。
高杉正造はポケットの中に眠っている細長い箱を取り出した。男物のスーツの大きなポケットにこぢんまりとした女物の煙草。
これは部下の河野薫からもらったものだ。……といっても、河野薫は女ではない。
「薫」は女でも男でも通用する名前だが、彼は立派な、憎たらしい男である。
なぜ河野が女物の煙草を持っているのかといえば、彼はそういう〝男女差別〟をしない人間なのであろう。つまり、男の煙草であろうが、女の煙草であろうが、美味ければそれで良い。選り好みをしないのである。
「煙草は男の物だ」という意識が未だ心の隅に残っている正造にしてみれば、掌の中にある女物の煙草には違和感がある。「女物の煙草」という言葉自体、矛盾しているように思えてならない。
署の喫煙ルームにて、隠れるように煙草を吸う。女物の煙草だけあってメンソールがきつく、煙草ではない別の何かを咥えているような気持ちが湧き上がる。しかし、自分は「表向き禁煙中」の身だ。文句は言えない。妻からTASPOまで没収されてしまった今、頼れるのは、なくなる度に河野から密輸入されるこの女性煙草のみだった。
正造は何の気もなく、パッケージに目をやる。可愛らしい桃色の星を散りばめた、いかにも若い女性層をターゲットにした煙草。自分の趣味とはまるで違うし、四十代の中年男が吸う代物としては不釣合いも甚だしい。
河野薫の煙草選びに、悪意のようなものを感じた。


自分を負け犬だと自覚したことはない。いや、今までにはなかった。
しかし今ではそうなんじゃないかな、と思っている。何に負けたのか、と問われればこう言い返すしかない。
「家族と国会……それと、部下にも負けてる」

驚いた、煙草からラズベリーの匂いがするなんて!!