ステイタスです

ステイタスです

 ステイタスというのは、「女はバッグ」で「男は車」だと世間ではよく囁かれるが、元には納得できない。
 そもそも、ステイタスというのは身分のことだ。バッグや車が、その人間の身分を示したり出来るのか。ローンを組んだりして、高級なバッグや車を買う一般人もいるではないか、と理屈っぽいことを考えてしまう。
 そんな元が「ステイタス」を実感するのは、純粋に、自身の身分が変わった時である。そして今、新たなステイタスが追随する日が刻一刻と近づいている。
「独身貴族」という言葉が独身男性に対する差別的表現だとすれば、そこから解放されるための身分も、ある種の「ステイタス」と呼べるのではないか。

「あんた、瑠璃子さん貰う気でいるのよね」
 先日実家に帰った時に母親に尋ねられた。風呂上りにビールを飲みながら元は「えっ」、と聞き返す。
 母は、自分もキッチンの椅子に腰を下ろすと、近くにあった台布巾で濡れた手を拭いてから、当たり前のような顔をして言った。
「近い将来……かどうか知らないけど、瑠璃子さんと一緒になる予定でいるんでしょ。それならそのつもりで、母さんと父さんであちら様にどうぞ宜しくって、言っておかなきゃダメじゃない」


 数日後の職場の昼休み、喫煙室で煙草を吸いながら元はその時のできごとを回想する。母の顔は、元が子供の頃から変わらない、母親の顔だった。元はもちろん「そんな大袈裟なことは結納の時でいいじゃないか」と反対したが、それが世間での一般常識と言うものらしい。結婚は個人個人の問題ではなく、両親やその親族交えての一代儀式なのだという。なんとなくそういう常識は、年老いた親が新たな門出を迎える子供の世話をしたいがための口実に思えてならなかった。いうなれば、日本の親たちが 自分たちの都合で決めた常識。
 結婚はまだ当分先でいい。女の方はどうなのか分からないが、自分はそう思っている。今の生活スタイルが気に入っているのだ。この、のらりくらりとした自分本位の生活が。
 社会に出てから随分経つが、自分本位に考えてしまうところ、まだ青臭いのかもしれない。
「ステイタスも楽じゃないな……」
元は独りごちつつ、もう一本煙草に火をつける。元の持つステイタスの一つが煙となって、新たに彼の周りを取り巻き始めた。