煙幕だ!

煙幕だ!

「〝お・か・し・も〟を守って逃げなきゃ、マズイよ篠田サン」
お昼休み、橙子が屋上に行くと、案の定早乙女君がいた。今日もクラスの異端児はもくもくと煙草をふかしている。
早乙女君の周りはKOOLの煙が渦巻き、白く霞んでいた。
「火事だよ篠田サン。俺から離れないと爆発するよー」
支離滅裂なことを言いながら、早乙女君は地面で煙草の火を揉み消し、新たに一本取り出す。ハクション大魔王の百円ライターで火をつけると、また煙幕が早乙女君の周りを取り巻き始めた。
校庭のテニスコートからは、歯切れのいいスマッシュ音が聞こえてくる。お昼休みですら、テニス部は練習を欠かさない。むしろ、テニス部にとっては練習そのものが、授業と授業の間の息抜きになるのだ。煙草が息抜きであり、生きがいでもある早乙女君とはえらい違い。
「早乙女君も部活とか、入れば?」
目下で、豆のように小さいテニス部エース、原田君がスマッシュを打つのが見えた。目にも追えない速さのボールは、確実に相手の死角を捉えて抜けていく。早乙女君はチラとテニスコートに目を向けて、また煙草の先端に視点を戻す。
それから黙って立ち上がると、
「俺、高一の夏休みまで、野球部だったよ」
近くにあった三十センチ程の小枝を拾った。煙草をくわえたまま、素振りを始める早乙女君。
「私は、高1の冬まで美術部だった。幽霊部員だったけど」
「なんだそれ。意味ねー」

橙子はふと、早乙女君は野球部にいた時になにかあったのかしら。それが原因でこんな捻くれ者になったのかしら、と思ったが、小枝バットを振る早乙女君の顔がいかにもやる気がなく緩んでいたので、ああごく普通に、だるくなって辞めたんだなぁと思い直した。
早乙女君はポケットからKOOLの箱を取り出した。緑と白のコントラストが、白い日光に眩しく照りかえる。
「原田の野郎に煙幕だー!」
また支離滅裂なことを叫びながら、早乙女君は煙草の箱を球に、思い切り小枝を振るう。放物線を描きながら、煙草の箱はテニスコートの中央に向かって落ちていく。原田君が屋上を見上げるのと、早乙女君がやべっ!と悲鳴を上げたのはほぼ同時だった。
「おい篠田、逃げんぞ!」
元・野球部の駿馬のような走りに続いて、橙子も思わず駆け出す。何で私まで逃げなければならないのか、という疑問を差し置いて、橙子は前を走る早乙女君に向かって叫んだ。
「ちょっと! 呼び捨てー?」