排水路はあなたの灰皿ではありません

排水路はあなたの灰皿ではありません

「そんなことして、バレないわけ」
橙子は早乙女くんの背後から聞いた。早乙女くんは、しゃがみこんだまま身じろがない。
ただ、ちらりと橙子に顔を向けて、
「俺の勝手だろ。篠田サンには、関係ないじゃん」
いつもよりそっけなく言う。

校舎の改装工事だとかで、屋上の排水溝は一時的にテニス部専用の水飲み場と繋がっていた。
排水溝というのは、屋上の片隅にある雨水を排出するための穴ぼこのことである。
早乙女くんの理論では、その穴に水を流し込むと、水圧の関係で水飲み場の排水が逆流してしまうのだそうだ。水飲み場が、小さな噴水のようになるらしい。

「俺が吸った煙草・三十本分の灰が、この水に混ざってるんだ。それを、一気に流し込むと、どうなるのかな」
どうなるのかな、と言っている傍から、早乙女くんの肩は笑いで震えていた。
「どうしてそんなことするわけ」
「楽しいから」
嘘だぁ、と橙子は思った。そんな中学生レベルのことを、早乙女くんが面白半分に実行するとは思えない。 何か理由があるはずだ。
「そろそろ、原田が来る頃だよな」
早乙女くんがつぶやいた一言で、橙子は、ああと思った。
ああ、原田君か……。
最近、三組の中谷さんと付き合い始めた、原田君か……。

「っしゃぁっ!!」
早乙女くんの歓喜の声がしたので、校庭の水飲み場を見ると、原田君を含む男子テニス部員が沸きあがった噴水に仰天しているところだった。
煙草の灰入り鉄砲水は一瞬だけ、わずかな水柱を立てるとすぐに元に戻る。動揺している原田君とテニス部員。
「はははははは、やった!わははははは!!」
飛び上がって喜ぶ早乙女くん。おもしれぇ、マジ、おもしれぇ! を連呼する。煙草の灰と水が入っていたバケツを大きく振り回す。
あんまりにも早乙女くんがはしゃぐものだから、橙子の呟きは早乙女くんの耳には届かなかった。


「中谷さんのこと、好きだったんだ……」