6 翌日、あくびをかみ殺しながら心臓破りの坂を上っていると、あの足音が聞こえてきた。 どたどたどたどた。 オレの背後までやってきて…… ぽかっ! 脚を蹴られた。でも全然痛くない。 振り返ると、唇を噛んで震えているモモちゃん先生がいる。相当おかんむりのようだが「激怒」より「ぷんぷん!」の方が似合っている。丸眼鏡の奥のつぶらな瞳がうるうるしているところは、飼い主に餌をもらい損ねたチワワみたいだ。 「みーかーみーなーぎーさーくーんー」 「モモちゃん先生、おはようございます」 「あっ、おはよう!」 「天気良いですね。こんな日にも出勤ですか?」 「そうなのよぅ。先生は柔道部の顧問だから、部活動のある日は出勤しなくちゃいけないの。柔道なんてしたことないのに。いっそひなたぼっこ部≠ノ変えちゃおっかなあ……って話をごまかさないで!」 雑談の中に恐ろしい野望を垣間見せたモモちゃん先生は再び「ぷんぷん!」と怒り出す。 「先生は、すごーく怒っているんですよ。水上くん!」 「それは、なんとなく分かります」 「なんとなく、じゃダメなんです。反省なさい」 数十秒、目を閉じて反省してみる。……ダメだ、思い当る節もないのに反省できない。 「オレ、何かしましたっけ?」 ショックを受けたように口に手を当てるモモちゃん先生。 「口で言っても分からない子は、こうです!」 ぽかっ! 胸のあたりをグーで殴られた。でも全然、痛くない。 ……あ。ひらめいたぞ。 「昨日、オレが部活を早退したの見たんでしょ。柔道部を抜けられないからって、八つ当たりはやめてください」 「もうっ! 全然違いますっ。口でも言っても手で言っても分からない子は……どうすれば良いのかしら?」 「オレに聞かないでくださいよ。それに足でも蹴ったでしょ」 「ううっ、八方塞がりだわ。こうなったら一時退却!」 本体がクマのぬいぐるみになった小さなリュックを背負い直すと、モモちゃん先生は相変わらずの運動神経で坂道を駆け上っていく。 どたどたどたどたどた……ばたんっ! あちゃー……。 あの人、何もないところで転ぶもんな……。 痛みをこらえて立ち上がったモモちゃん先生にキッと睨みつけられる。 今の、オレのせいかよ。 「とにかく、自分の胸に手をあてて、よーく考えてみなさい! 水上くんは真面目な良い子だって、先生信じていますからねっ!」 そして、彼女は去っていった。 一体、なんだったんだ? モモちゃん先生お得意の勘違い? 誤解、早とちり、被害妄想って可能性もあるな。 どちらにせよ、胸に手をあててよーく考えるだけ無駄な気がする。 ……。 ……。 ……忘れよう。 ふわぁっと欠伸をしながら、この五分間の出来事は起きながら見た夢だと思うことにした。 |