一之瀬が二人を呼びにきた。笹川毅一と正宗の話し合いが終わったようだ。
凛と正宗は客間で会えるという。
元・組長と元・舎弟の話し合いの結果がどう転んだのか、一之瀬の口から語られることはなかった。ただ、玄関に立つ笹川の顔を見たとき、
笹川は凛を待っていた。
初めまして。龍頭凛です、と自己紹介をして、凛は深々と頭を下げた。
「父がご迷惑をお掛けして、申し訳ありません」
「なに、お前さんが詫びることじゃない。ワシらの話し合いも、もう済んだからの。凛さんも、心ゆくまで話すと良かろう」
「はい。ありがとうございます」
笹川は厳かに頷き、アイコンタクトで一之瀬に指示を与える。
客間へ案内するという一之瀬の後に続いて、凛は屋敷の玄関をくぐる……直前、フィアスを振り返ると、意志を込めた目でゆっくり頷いた。
フィアスも頷きを返したのを見て、にこっと笑うと、廊下の果てへ消えた。
「ササガワさん、
フィアスが頭を下げると、笹川は皺の寄った顔にさらに皺を寄せて笑った。
「すべて承知の上よ。気にせんでええ。確かに因縁は残っておるが、今は未来に目を向ける時じゃ」
呵々と笑う笹川は、過去の因縁すらも許容しているように見えた……表向きは。
果たして、
「それにしても、兄さん。ちょっと見ねぇ間に随分変わったな」
フィアスが洞察を図る前に、笹川はするりと話題を変えた。
「前に会った時は、なんつぅか……
フィアスは返答に困りながら曖昧に頷く。この老人の使う日本語は独特で、解釈が難しい。
笹川の片手に携えられた
とりあえず頭を下げて、「
「銘じなくてええ。おいぼれのつたない戯言よ」
笹川は再び
相変わらず底知れない器を持つ老人だ。
裏社会に君臨する長は、共通する資質を持つのだろうか。取り止めのない疑問をめぐらせながら、ほとんど連続的にフィオリーナのことを考えた。横浜で合流する約束を
何故、単独で動いた。
束の間の思案で答えが出るわけもなく、案内役の若衆に声を掛けられ、フィアスは顔を上げた。
「こちらに若とお客様がおります」
通されたのは数部屋ある客間の一室。手入れの行き届いた和室だった。
部屋の中央に一組の布団が敷いてあり、茜がうんうんと唸っている。彼女の額には水で濡らしたタオルがあてがわれており、未だに容態が悪いと見える。
「まだ治らないのか」
茜の側にあぐらをかいたまま、携帯電話をいじくっている真一に尋ねる。
「過呼吸は治ったんだけど、熱出しちゃって」
ディスプレイから顔を上げ、真一は苦笑した。
「意外に繊細なんだよな」
言うなや否や、布団から飛び出た足が力強く真一の背中を蹴り飛ばした。うちは生まれた時から繊細な乙女や! ドアホ! 威勢良く茜がツッコむ。
痛そうに背中をさする真一を横目に見ながら、フィアスは頷いた。
「まあ、あれだけの
「ええで、兄ちゃん。このドアホにもっと言ったってやー」とタオルの下から声援が飛ぶ。体調を崩している割に、お気楽な声だ。
携帯で何かをしていた真一が肩で息を吐いた。上等上等、と呟きながら顔を上げる。
「知り合いに、片っ端からメッセージを送っていたんだ。〝テロ行為がまだ続く可能性があるから警戒しろ。出来る限り屋外に出るな〟ってね。メッセージを送った中には、族のヘッドやチーマーのボスもいるから、若いやつらにはすぐに拡散されるだろ」
「ウチも杏奈に送った。杏奈の人脈も計り知れんからな」と茜も口を挟む。
「学校、休みになるかもしれんなぁ。そしたら宿題の期限も延びるなぁ。むふふ」と
先ほどシドと電話でやりとりした内容を手短に伝えると、真一は反射的に廊下に取り付けられた雨戸をさっと見上げた。タトゥーを入れた女の狙撃手の部分で、反射的に身体が動いてしまったようだ。
この家は高い塀に囲まれ、住宅からも離れた場所にある。狙撃できる角度は限られている、とフィアスが説明して、ようやく真一は安堵の息を吐いた。
「狙撃手も気になるけど、フィオリーナも気掛かりだな。本当に赤目からアジトを聞き出すつもりか?」
「そうらしいが、
「もちろん、〝一人で〟なんて言わないよな?」
「ぜひマイチにも同行してもらいたい」
「おお、珍しくOKが出た」
ファインティング・ポーズを取りながら真一がにっこり笑う。
「頼られると頑張り甲斐があるぜ!」
「ああ、頼りにしてる。アジトから銃器と弾薬を運び出すのは、かなり骨の折れる仕事だからな。本当はもう一人くらい人手が欲しいところだが、部外者を連れていくわけにも行かないし」
頭の中で銃の選別を始めたフィアスの隣で、真一のファインティング・ポーズがゆるゆるとほどけてゆく。
そういうことかよ。いいよ、いいよ、銃でも大砲でも背負ってやるぜ。期待した俺が馬鹿だったよ……という真一のぼやきを無視して、フィアスは茜のいる部屋に戻る。
テロ攻撃が収まるまで笹川家に留まるようにと、伝えそびれていた。