部屋は黒服の男たちで埋め尽くされていた。全員日本人だが、どいつもこいつも目つきが鋭い。体つきも自分と似ていかつい。
 ジャパニーズ・マフィアか、とフォックスは納得する。その中でも紅一点、真紅のソファにほっそりした女性が座っている。肩先までのセミロングヘアーに両肩をむき出したワンピースを着て、悲しげに床を見つめている。いかつい男たちに囲まれて心細いのか。フォックスは彼女をこの部屋から救いだしたい衝動に駆られたが、ポケットの携帯が鳴ったのでそれも叶わない。
 金髪の日本人の青年はフォックスが部屋に入ると素早くドアを閉め、鍵をかけてしまった。
 そして部屋にいる黒服全員に何かを命じる。男たちはぞろぞろと他の部屋へ消えて行った。この部屋で最年少らしきこの青年が、一組織をまとめているようだ。
 若き首領カポ
 先程、ホンゴウマイチと名乗っていた。それから女の方を指さしてリン、リュウトウリンと紹介してくれた。
 リン……なるほど、ははん。何だか面白くなってきた。
 フォックスは内心でほくそ笑む。
 凛と真一、そしてフォックス。三人がリビングにある真紅のソファに向い合せに腰かけると、フォックスは携帯電話を取り出して、テーブルの前に置いた。
 携帯電話のスピーカー機能をオンにする。フィオリーナの麗しき声が周囲に散らばった。


 ――いいですか、皆さん。全ての情報が貴方たちの所へ行きわたりましたね。ホンゴウさんも、シドから、フィアスが〈サイコ・ブレイン〉に囚われていることは聞きましたね。
 では、良く聞いて。私は今、日本へ向かっています。私が到着するまで、貴方たちは自分の身を守り通してください。
 奴らは何を仕掛けてくるか分かりません。特に……龍頭凛。

(名前を呼ばれた瞬間、凛はびくりと肩を震わせた。震える声で真一の名前を呼ぶ。凛の伸ばした手を数秒躊躇ってから、真一は握った。)

 ――リンさん、貴方は我々の傍から離れてはいけません。ネオに姿を見せてはいけないし、〈サイコ・ブレイン〉の元へ戻ってはいけない。きっとフィアスも貴方のことを今まで以上に心配しているはずよ。それを忘れないでいてね。

 (凛は困惑した表情を浮かべた。真一も腑に落ちない顔で首を捻る。そんな二人を知ってか知らずか、フィオリーナは続ける。)

 ――私の有能な部下にフォックスという男がいます。貴方達の目の前にいる、彼はBLOOD THIRSTYの№3です。私が日本に着くまで、ホンゴウさんとリンさんは、フォックスや、ホンゴウさんの部下の方々に守ってもらってください。決して傍を離れないで。いいですね?

 ――頼みましたよ、フォックス。


 凛と真一には日本語で、フォックスにはイタリア語で同じ用件を伝えるとフィオリーナは電話を代った。
 電話先にはシドが出て、通訳を買って出た。真一の説明をシドの英語を通して聞き、フォックスは一年にも渡って№2(今はフィアスと名乗っているらしい)とホンゴウマイチが共同戦線を張り〈サイコ・ブレイン〉を追跡している、ということを知った。この二人が日本へ帰って来てからの細かないきさつも、リュウトウアヤというリンの双子の姉妹の事も、フィアスの記憶喪失の事もすべて伝えられた。
「フォックス。あんたは……フィアスがまだ生きていると思うか?」
シドの通訳を通して真一が聞いてくる。
 フォックスは頷く。
「ああ、きっと生きてる。殺そうと思ったら、あのおチビちゃん――ネオは山奥で簡単に始末できたはずだ。それをわざわざ拉致したということは、アイツを人質とすることで何か目的を果たそうとしているんだろ」
「目的ってなんだ?」
「もしかしたら、リンとかいうお嬢ちゃんと人質の交換をしたいのかも知れないな……俺にはよく分からないが、そこの可愛いマドモアゼルは、勝利の女神でもあるんだろ?」
深刻な表情でうつむいていた凛が顔を上げる。
「あたしが勝利の女神? どういうこと?」
「さあ、俺にも分からんよ。ただ、あんたは両組織が所有を望んでいる、キーマンであるようだ。フィオリーナ嬢は何か知っているみたいだが、きっと教えてはくれないだろうよ」
 凛の瞳から涙が一粒零れ落ちる。
「……あたしを一人にしないで」

 一時間……。
 二時間……。
 三時間……。

 時間の経つうちに段々とフォックスは苛々してきた。
 どうして遥々日本まで来て、ホテルに缶詰めにされなきゃいけないんだ。ガキの使いのあとはガキのお守かよ。しけてやがる。
 煙草でも吸いたいところだったが、凛も真一も喫煙習慣はないみたいだ。フィオリーナ嬢、相変わらず容赦がない。
 益々、彼女のことが好きになっていくフォックスだったが、その気持ちはどちらかというと支配欲に近いものだった。
 身も心もすべて、彼女を思うとおりに動かしてみたい。
 フィアスの拉致を伝えた時のフィオリーナの動揺、それがフィアスに対するものであったからこそ苛立ったものの、自分のためにフィオリーナ嬢が気狂いになってくれたら、胸のすく心地がするだろう。俺はサルヴァトーレなんだ。この世の悪を滅するために立ち上がった、英雄だ。もっと注目されても良いはずだ……。
 フォックスは立ち上がった。
 この考えを口にしたところでフィオリーナに却下されることは分かっている。それなら隠密に行動するが吉、だ。彼女には敵地に潜入してから連絡を取れば良い。
 携帯電話のボタンを押すとフィオリーナとの通話が切れた。信頼を断ち切るなんて安いもんだ、とフォックスは思う。こんな風に、ボタンをワンプッシュするだけで、終わりだもんな。
 意表をついたフォックスの行動に凛と真一は顔を見合わせる。彼らに向けてフォックスは言った。どうせ伝わらないだろうが、言わずにはいられなかった。

「俺はフィアスを助けに行くぜ。そんなにアイツの事が心配なら、ついてきな」