真相


「――なるほどな。それでお前は俺に会いに来たってわけか。よく分かったよ。それじゃあ、今度は俺の番だな。時間がねぇから色々なところを端折はしょるが、心して聞いてくれ」


 ことの発端は十八年前の夏、笹川組と当時対立していた組織の抗争直後に遡る。当時の横浜は、天下泰平からは程遠く、二つの勢力が幾度とない派閥争いを繰り広げていたんだ。それまでは横浜を二分化し、二つの国がそれぞれの場所を治めていたんだが、どちらかが所有欲に駆られちまったらしい。とにかくその夜は未だかつて無い闘争が横浜のあちこちで巻き起こっていた。勿論、俺も二大勢力の一つ、笹川組の片腕として戦場に駆り出されたさ。
 戦いは戦火を増していたが、長い目で見れば、勝敗は徐々に笹川組に傾きはじめていた。
 だから俺も油断しちまったんだろう。敵の弾を腹に一発喰らっちまって、瀕死の一歩手前まで来ちまった。野毛の寂れた裏通りにへたり込んで、どうしたものかと考えた……というよりは、死を覚悟したんだ。腹の弾丸は身体を貫通せず、臓器の中でまだ荒れ狂っていることが体内感覚で分かっていた。出血は止まらないし、意識はもうろうとしている。組に連絡をしようにも電話ボックスまで動けない。
 これはもう死しか選択のしようがない……二十四年の短い生涯だったが、恐怖はなかった。そのとき既に俺には二人の娘がいたし、笹川組の将来を見届けられないということが悔いではあったが、それ以上に死の先に待つ者の影に希望を見出していたんだ。
 ……悪いな。この話より先に、葵のことを話しておかなくちゃならねぇ。彼女も〈サイコ・ブレイン〉に深くかかわっている人間なんでな。



「アオイ……アヤと、リンの母親か。彼女はアヤとリンが生まれた直後に死んだと聞いている」
フィアスの言葉を聞いて、正宗は頭をかいた。
「ガキ。大した情報収集力だが、人の家庭事情にまで首突っ込んでると女に嫌われるぞ」



 ……まあ、葵のことを知っているんなら話が早い。葵は俺の妻だ。知り合ったのは俺が〈ドラゴン・ヘッド〉として横浜を走り回っていた頃のことだ。
 葵の素性はよく分からない。どこか外国の血が混じっているらしく、瞳と肌の色が薄かった。ずっと海外で暮らしていて、最近横浜に来たのだと聞いた。葵のことはそのくらいしか分からなかったが、とにかく俺たちは子供を作った。
 葵がいなくなったのは、今から二十三年前、彩と凛を産み落としてすぐのことだ。死んだんじゃない、失踪したんだよ。
 病院に、
「子どもたちが、わたしと関わってはだめ。子どもたちを隠して」
なんて不可解な書置きを残して、子供を産んだその日にいなくなっちまったんだ。
 俺はその後何年にも渡って葵の行方を探し続けたけれど、結局何の手がかりも掴めなかった。俺は葵の捜索を半ば諦めかけていた。子供には母親は死んだと聞かせていたし、笹川の兄貴もそうだと思い込んでいた。


 先の話に戻るが、俺が死を覚悟したとき、その先に葵がいると思ったからだ。ロマンチックな話だろ。誰かが待っていてくれれば、死せる希望もあるってもんだ……まあ、後に葵とは違う形で再会する事になっちまうんだけどな。
 失血多量で、やがて俺は気を失った。冷や汗がだらだら出て目眩がして頭が真っ白になって視界は全部紫色……血が薄くなる瞬間はなんとも言えない。どうせお前も似たような経験をしたことがあるだろうから、この気持ちは分かるよな。もう二度と味わいたくない……話を戻そう。
 ここから先が本題なんだが、次に俺が目覚めたのは、病室のベッドの上だった。
 輸血の注射針を体中に刺されながら、俺はぼんやりと天井を見上げていた。間一髪のところで俺は助けられたんだ、誰かに。
その誰かっていうのは俺の目の前にいて、大きな瞳で俺を見ていたんだ……。


 正宗はそこで言葉を切った。
 両腕を組んだまま、忙しなく辺りに視線を走らせている。その誰かを思い出したのか、無表情だった正宗の瞳に、微かな恐怖の色が浮かんでいた。
 フィアスはポケットから煙草を取り出して机の前に置く。正宗は額に冷や汗を残したままにやりとして、煙草の箱を手に取った。
「JUNK & LACKか……好きな銘柄だよ。まさか、コイツを吸う奴が俺の他にいるとはな」
 フィアスのzippoで火をつけると、正宗はゆっくりと黒い煙草をふかす。白煙の中から切れ長の黒い瞳がフィアスを捉えた。正宗がまじまじと自分を見ている事に気づいて、フィアスは怪訝に思う。それが正宗にも伝わったのか、正宗は唇の端を吊り上げて不敵な笑みを見せた。
「ガキ、お前はどことなくあの頃の俺と似ている」
「やめてくれ。心外だ」
フィアスの言葉に正宗はのけ反って哄笑こうしょうする。どこか狂気じみた笑いだ。
「まあそう言うなって。俺とお前は似ているから、こういう忠告ができるんだ」
吸い終わった煙草を机に押しつけて火を消す。唇に張り付いた歪んだ笑みは消え、一転して無表情。正宗はフィアスを見すえた。

「よく覚えておけ。自分の手で救えるのは、いつだってほんのわずかなものだけだ」